宝もの
□トルネード/リキッド80mg
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さあ、こんな機会滅多にないよ。俺を焼くなり煮るなりしてごらん?
ああ、君のことだから、暴力を振るうのが一番手っ取り早いかな?
第三者から見たら実にシュールだろうねぇ…自分で自分を殴ってる人間を見るなんてさ。しかも、いっちゃあなんだけど、俺って結構有名人な訳だし?
俺のステータスに傷を付ける良い機会じゃないか。まぁ俺は他人が俺を何と言おうが気にしないけどね。
他人の汚点を見つけるのは、人間の特性でもあるわけだから、僕は気にしないよ。そんな醜いところも、愛すべき人間の魅力でもあるしね?
君の場合は化け物だから、魅力にはならないんだけど、どう思う?
「…それ以上喋ったらぶっ殺すぞ臨也」
「別に構わないけど?今の俺に死ぬ危険なんて誰も感じないと思うね。だって弾丸も通じない”静ちゃんの身体”なんだからさ」
白昼の池袋で奇妙な会話がなされていた。
池袋をよく知る人間なら一度は聞いたことがあるだろう。池袋の喧嘩人形と情報屋の引き起こす、日常的戦争をだ。もっとも、片方の本拠地は新宿へ移動したので、昔ほど派手に巻き起こることはなくなったが。
ことは数時間前に遡る。
新宿の情報屋こと、折原臨也は某組織との話し合いを終え、池袋駅に向かって歩いていた。
その時、久しく会っていなかった親友の父親(研究者である。変態、といった方がいいかもしれない)を見つけた。
そこで他愛もない会話をしたのち、彼は去っていったが、その際クリスタル瓶を落としていった。イザヤはそれを拾い上げ、首をかしげる。
なんだろう、これは、と。
トラブルメーカーのイザヤが言えたことじゃないが、その変態も負けず劣らずの人物である。何の理由もなしに池袋に帰ってくるとは思えない。怪しいな、と思った。
イザヤは賢い。
だから、クリスタル瓶を拾い上げ暫く思案したあと、それをポケットに入れ、そのまま駅に歩を進めた。
後で聞いてみれば良い。良い代物なら、交渉して手に入れれば良いことだ。
これが、イザヤの日常であった
としたら、良かったのだか、生憎彼の日常はもっとアグレッシブである。
「イザヤァァァアアァ!てんめぇぇぇえ」
「げ」
瓶をポケットに入れる数秒前に、彼は自らの日常に落ちていった。
脇をすり抜ける『自動販売機』と、拳をつきだす同窓生の鬼の形相を視界に捉えながら、彼はナイフを振りかざした―――
瓶を掴んだまま。
割れる音、爆発音、そして悲鳴だ。
「素晴らしき池袋の午後だ」
「馬鹿野郎、あってたまるかこんな午後が!」
気付いたら、イザヤの視界は薄く陰っていた。ついでに周囲が広く見えた。そして、バーテン服を着ていた。
目の前には、キョトンとした顔の”自分”がいた。
夢でだって見たくない光景だ。
「このろくでもない薬作りやがったのはどこのどいつだ!」
「新羅のパパです」
「……」
目の前で激しく貧乏ゆすりをし、青筋をたてる”自分”を見ながら、イザヤ…もとい平和島イザヤは目を細めて言った。
「みっともないからやめてくれるかな静ちゃん。俺は君みたく血管まで鍛えられてないからね。あんまりこめかみに力入れないでくれる?弾け飛んじゃうよ」
「うるせぇんだよ!大体お前が死んでくれりゃあ万々歳だ!」
「あーもう、身体は入れ替わったのに脳ミソの機能は中身と変わらないんだね。それとも、俺の頭脳を使いこなせないのかな、静ちゃんは。いつも直感だもんねぇ」
「何が言いてえんだよノミ蟲!」
「おやおや。遂には自分の身体を蟲呼ばわりだよ」
「くっ!」
「あのねぇ、漫画とかでよくあるでしょこう言うの。心転身って言うのかな。要するに、入れ替わった他人の身体が死んだら、多分中の静ちゃんも死んじゃうと思うよ」
「……」
自分達は入れ替わった。恐らくは、あのクリスタル瓶に入っていた薬品のせいで。
イザヤにとって、静雄は大嫌いな人間だ。今すぐにでももとに戻りたい。
だが、このままいくと元凶の森厳に出会えるまで自分は平和島静雄に見られていると言うことになる。
…まぁ、 利用する価値のない機会じゃないしね。
にやり、とイザヤは口許を歪めた。
「いやぁ、流石は静ちゃんだ。こんなに自動販売機が似合う男はまたといないだろうね。」
「その悪どい顔やめろ」
「嫌だなぁ、これは静ちゃんの顔だよ。やっと悪どいって認めたってことは、少しは俺の頭を使ってくれてるのかな」
目の前の”自分”は必死に自動販売機をつかんでいるが、それを持ち上げることはできないようだ。
これだから静ちゃんは、と頭を抱えながらも、イザヤや少々複雑な気持ちに駆られていた。本当に、この平和島と言う肉体はとてつもない力を持っているのだ。
「しかし、自分の顔を客観的に見るなんて機会滅多にないからね。我ながら精悍な顔つきしてると思うよ。青筋以外は」
「こっちは吐き気がするくらいだってのにヘラヘラ笑ってんじゃねぇよ!何とかしろ!」
「奇遇だね、俺もだよ。だから黒バイクに頼んで新羅の親父さんを呼んでもらうけど…もしこのまま俺がセルティに”化け物”とか言ったらどうなるのかなぁ?君とセルティは友達なんだろ?」
「おい、そんなことしてみろ。戻ったときただじゃおかねぇぞ!!」
「戻れる保証なんてないじゃない」
切れた静雄が自販機の側面を勢いよく殴った。
拳からは血が流れ、静雄は驚いたようにそれを見つめる。何時もはこの程度で流血することはほとんどない。
「……接着剤で止まるか」
「いや、待った待った!やめてくれるそう言う貧乏臭いことするの!」
接着剤でどう止める気だ!
イザヤは慌てて静雄(自分)の手をとると、何か巻くものはないかと周囲を見渡した。いつも以上に怒りを込めた馬鹿力で殴ったらしく、傷は痛々しい。
「ハンカチ貸そうか?」
「ああ助かるよ」
親切な声にお礼をいって、イザヤは静雄(本来自分)の手に巻き付けた。
そこで、イザヤと静雄は「ん?」とあることに気づいた。
親切な声に聞き覚えがあったのだ。
「やっぱりイザイザと静ちゃんはボーイズにラブってたんだねぇぇえぇ!!」
「「狩沢か!!」」
トルネード/リキッド80mg