短編
□小鬼は優しいママが欲しい
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パパは嬉しい
久しぶりの深夜勤務を終え、泥のように眠り、昼を過ぎる前に目を覚ました。
ベッドの中に子どもの姿は無かった。先に起きて、ソファーとローテーブルの間にあるいつもの定位置でゴロゴロしていることだろう。
我が儘で甘えたなあの子どものことだから、洗濯も食事の用意もしていないだろうと思って、期待を抱かないままリビングに入った。
ふわりと、春の風が肌に触れ、髪もゆるゆると撫でていく。
寝起きで焦点が合っていない視界をバルコニーに向けると、薄い布がパタパタと揺れる姿が霞んで見えた。
改めてバルコニーで揺れるものを見ると、それは昨日着ていた子どもの衣服とバスタオル、手拭き用のタオルであった。ご丁寧なことに、バスマットも洗ってある。
春の風は開いた状態にしていた窓から入ってきたらしい。
呆然としたまま、リビングと廊下を繋ぐ扉の前で突っ立っていると、ソファーの影から子どもの気配を感じた。
ぼんやりとしていた頭がやっと働き始める。
まだ怠さが残る足を動かしてソファーに歩みより、背もたれから床を覗き込む。春物の黒いトレーナーと半ズボンを着た子どもが、長座布団の上ですやすやと居眠りをしていた。
CDを聴いていたらしく、耳にはプレイヤーに繋がった有線のイヤホンが入ったままだ。テーブルに置かれたCDのジャケットは、俺もよく覚えているやつ。二枚目に出した、俺のアルバムだった。
大人が起きたことにも気づかず、子どもはすやすやと眠り続ける。
この子どもは、起きるのが苦手だ。朝は特に、起きるのに時間を要する。
大人が遅く帰ってきたことを知っている子どもは、大人よりも早く起きて、普段しない洗濯をしたのだろう。
「お前が俺に気を遣う日が来るなんてな……」
ソファーの背もたれにかけていたタオルケットを、ふわりを被せるようにして子どもにかけた。
子どもはやはり、眠ったままだ。