短編

□小鬼は優しいママが欲しい
12ページ/16ページ

パパは嬉しい

 久しぶりの深夜勤務を終え、泥のように眠り、昼を過ぎる前に目を覚ました。
 ベッドの中に子どもの姿は無かった。先に起きて、ソファーとローテーブルの間にあるいつもの定位置でゴロゴロしていることだろう。
 我が儘で甘えたなあの子どものことだから、洗濯も食事の用意もしていないだろうと思って、期待を抱かないままリビングに入った。
 ふわりと、春の風が肌に触れ、髪もゆるゆると撫でていく。
 寝起きで焦点が合っていない視界をバルコニーに向けると、薄い布がパタパタと揺れる姿が霞んで見えた。
 改めてバルコニーで揺れるものを見ると、それは昨日着ていた子どもの衣服とバスタオル、手拭き用のタオルであった。ご丁寧なことに、バスマットも洗ってある。
 春の風は開いた状態にしていた窓から入ってきたらしい。
 呆然としたまま、リビングと廊下を繋ぐ扉の前で突っ立っていると、ソファーの影から子どもの気配を感じた。
 ぼんやりとしていた頭がやっと働き始める。
 まだ怠さが残る足を動かしてソファーに歩みより、背もたれから床を覗き込む。春物の黒いトレーナーと半ズボンを着た子どもが、長座布団の上ですやすやと居眠りをしていた。
 CDを聴いていたらしく、耳にはプレイヤーに繋がった有線のイヤホンが入ったままだ。テーブルに置かれたCDのジャケットは、俺もよく覚えているやつ。二枚目に出した、俺のアルバムだった。
 大人が起きたことにも気づかず、子どもはすやすやと眠り続ける。
 この子どもは、起きるのが苦手だ。朝は特に、起きるのに時間を要する。
 大人が遅く帰ってきたことを知っている子どもは、大人よりも早く起きて、普段しない洗濯をしたのだろう。
「お前が俺に気を遣う日が来るなんてな……」
 ソファーの背もたれにかけていたタオルケットを、ふわりを被せるようにして子どもにかけた。
 子どもはやはり、眠ったままだ。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ