短編
□小鬼は優しいママが欲しい
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引っ越し初日
「むすこさん?」
嗄れた女の……おっと……女性の声が耳に届く。
今日から住み始めるマンションの、玄関のドアノブに手をかけたまま、声がした方へ視線を向けた。
腰が折れて、俺の胸にも届かない背丈になっているおばあちゃんが、にこにこと笑顔を浮かべてこちらを見ている。
俺は、うーんと少し迷った後、おばあちゃんの耳にも届くように、ハキハキとした口調で答えた。
「パパがちょー若い時に生まれました」
「ただいまー」と言ってリビングの中に入ると、洗濯物を片付けていたパパがバルコニーから出てくるところだった。
俺の手につりさがっているコンビニの袋を見て、むっと眉根を寄せる。
「帰りが遅いと思えば……」
「急にパピコが食べたくなって」
車に乗せたままの最後の荷物(ダッフィー)を、ちょっと取りに行くだけのつもりが、ついつい寄り道をしてしまった。
「そういえば、さっきお隣のお婆ちゃんから『むすこさん?』って聞かれたよ」
冷凍庫にパピコをしまいながら言うと、「……なんて答えたんだ?」と苦々しく言葉が返ってくる。
表情を確認すると、やはり「苦い」という顔をしていた。
「『パパがちょー若い時に生まれました』って答えといた」
「近所に変な噂が広まったらどうするんだ……⁉」
「大丈夫、大丈夫。誰も、パパから生まれたとは言ってないから」
ちょー若い時に生まれたと言っただけである。嘘は言っていない。
が、実際十九歳差だし、見た目も似ている(らしいし)、父子だと言っても通用する気がする。
「ピース」と指を二本立てて見せると、パパは大きなため息を吐いていた。
口が達者な息子を持つと大変だね。