短編

□学園の沙汰は委員(おに)次第
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 プールを囲う金網から、女子生徒たちのキラキラとした声が漏れ聞こえる。その音に混じる水の跳ねる音と、笛の音。
 夏の音に耳を澄ませつつ、カメラのレンズを無理矢理金網に差し込む生徒が三人。
 学ランの丈が腹までだったり、逆に長かったり、ズボンが通常よりも太かったりと規定の制服を逸脱したものに袖を通している。髪の毛も派手な金色で染めたり、モヒカンにしたり、刈り込みを入れたり、リーゼントにしたりと自由に遊ばせていた。
 かしゃりかしゃりとシャッターを忙しなく押しては、撮れたものを確認する。

「見ろ。良く撮れてるだろう?」

 そう言って、金色の髪を逆立てた男が、リーゼント頭と顔にはサングラスをかけている男子生徒、短い学ランにモヒカン頭の男子生徒に写真を見せる。
 その写真は、プールサイドで準備運動をしている女子生徒の姿を写した物だった。
 女性の胸がアップで写されていて、目のやり場に困る代物である。
 モヒカン頭の男が、鼻の下を伸ばして食い入るように写真を見る。
 リーゼントの男も、鼻息を荒くした。

「他にもあるんだぜ! これは絶対に高く売れる!」

 そう言って、男は別の写真を見せる。
 それはプールで撮ったものではなく、女子更衣室で撮られた写真。
 ロッカーに隠れたり、換気扇の網越しに撮ったりしていない、更衣室の中で堂々と撮ったような写真が二人の目に飛び込んできた。
 二人は目を丸くして、撮って来た男を見る。

「どうやって撮った……!」

 堂々と入室して撮ったりしたら、女子たちによって袋叩きにされるだろう。
 サングラスの男は、搾り出す口調で問う。
 金髪の男は胸を張って、質問に答えた。

「俺の鬼の能力は透明になる事だ。術を使えば、朝飯前よ」

 豪快な笑いが金髪男から飛び出る。

「他にもあるんだぜ」と続け、自慢気に他の盗撮した写真を見せた……その時だった。
 ぐにゃりと、金髪男の顔が歪む。
 遅れて聞こえてきた、重たい物が頬を潰す鈍い音。
 叩かれた勢いでごろごろと転がり、背中で地面を擦りながら滑っていく男の姿を、リーゼントの男とモヒカンの男は唖然としながら見送る。
 今、何が起きたのか。
 確認するよりも、理解するよりも早く、二人の身体から自由が無くなる。絞めつけられる感覚に、視線を自身の身体へと向けると、青い数珠が連なっていた。
 身体を縛り上げているのはこの数珠だ。そして、二人はこの数珠の持ち主に覚えがある。
 動きの悪い首を動かして数珠の出所を辿り、二人は背後に視線を向ける。 
 旋毛の辺りで縛られた、一本の黒い髪の束と黒いプリーツスカートが風に揺れている。赤いスカーフ、黒い襟に白い生地のセーラー服は、まさしくこの学校の制服(夏用)だ。胸ポケットには校名と生徒の名前である『安部伊織』と書かれた名札。組番号は、二年海組。
 黒い瞳が浮かぶつり上がり気味の目が、男二人と今しがたぶっ飛ばした男を捉える。
 形の良い唇が、ゆっくりと開かれる。

「間引泰造(まびきたいぞう)」

 びくりと、リーゼントの男が身体を震わせる。

「郷田康志(ごうだやすし)」

 モヒカンの男が、情けない鳴き声を出す。

「そして……葉月レン」

 ぶっ飛ばされた男は気絶したままである。
 女子生徒は右手で掴んでいた数珠の先端をしっかりと握り締め、数珠の締め付けを良くする。
 決して力を緩めず、怯える男たちを眺めながら、左手に持っていたクリップボードを眼前に突き出した。
 ボードに挟んである書類に、『停学』の二文字がでかでかと赤字で書かれている。

「間引泰造、郷田康志、葉月レン。貴様ら三人……『女子更衣室覗き及び盗撮の罪』で、執行委員会より無期限停学の刑に処する。が、その前に……」

 言葉を区切り、男たちごとじりじりと数珠を引き寄せる。

「私からのお仕置きを、しかと受け止めてから引きこもれ!」

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 言い終わるよりも先に、腕と足に力を入れ、腰を捻る。
 何をするのか悟ったリーゼントの男が、慌てた様子で叫んだ。

「この外道があああああああ
あ!」

 ハンマーを投げるかのように男たちを振り回し、一番勢いがついたところで数珠を手から解放する。
 男たちの身体は数珠を巻き付けたまま、プールを囲む金網を突き破り、女子生徒たちが泳ぐ中へと突入する。
 水面にぷかぷかと浮かぶ男たちを、罵倒するプールの生徒。
 水をかけ出す逞しい女子生徒。
 生徒たちによってボロボロにされる男二人を、ぶん投げた当人は金網によじ登って確認する。
 ふわりと吹いた風が、肌を優しく撫でていく。

「腐れ外道で、ごめんあそばせ」

 名札に着いている保安官を模した星形のバッジが、太陽の光に当てられて眩しく輝いた。
 一仕事終えた彼女へ、金網の上で遊んでいた小鬼たちが拍手を送ったのだった。
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