短編
□花と愛と都娘
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心地良い風が吹いている。
肌を撫でるように優しく吹く風だ。
稲荷神社の池では、側にある木の下で、一人と一頭がひなたぼっこをしていた。
一頭は白い毛並みが特徴の子狐で、名を白真(ハクマ)という。
これでも、この神社に祀られている狐神だ。
身体を丸め、尻尾をゆらゆらと揺らしながら、目を閉じて風を感じている様は、実に気持ちよさそうだ。
木の下に座ると虫が落ちて来そうだが、そこはほれ『神』だから。
虫除けの術など朝飯前である。
そんな神の隣では、今年の4月に高校三年生になった少年、神無月神也(カンナヅキ シンヤ)が、風に当たりながら神に関する書物を読んでいた。
適度な長さまで伸ばされた黒髪が、風に撫でられて揺れる。
黒い瞳は文字の羅列を追い、風のイタズラで時折目に入る前髪を、鬱陶しそうに手を払っていた。
通りかかった人が見れば、休日をのんびりと過ごしている至って普通の少年に見えるだろう。
だがこの少年、普通の人間ではない。
彼は、3000年生きたといわれる狐神空狐を祖母に持つ少年なのだ。
「なあ、神也。腹減ったよー。何か食いに行こうぜー」
「お前、さっき供物のいなり寿司食べてたろ」
呆れながら、彼は言う。
神也がこの神社に来たのは、丁度一時間前だ。
神社に来ると、白真が必ずと言っていいほど「腹が減った」と連呼するので、来るときは必ず、供物のいなり寿司を持参するようにしている。
神は信仰心が廃れると、力を失い消えるか、力を無くす前にどこかに去ってしまう為、それを食い止める意味もある。
白真が直ぐお腹が空くのは、信仰心が少なく、なのにも関わらず、虫除けに神気を使って消耗しているせいではないかと神也は思っていた。
「だってよー。減っちまったもんはしょうがないだろー。神通力を使うと、普段の倍の早さで消化されちまうんだからさ」
「じゃあ、使わなければいいだろう」
「使わないと虫が寄って来るだろうが!ダニとかノミとか!蚊に刺されるのも嫌だし!それに、上から毛虫が落ちてきたら恐怖じゃんか!」
毛虫に刺された時の事を思い出したのか「かゆいかゆい」と、白真は後ろ足で耳の後ろをかく。
甲高い子供の声で騒がれては読書に集中出来ないと、神也は本を閉じた。
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