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□魔王と勇者
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◇ ◇ ◇
魔王。
それは、魔法使いと魔女の中から選ばれた、魔法族の王。
◇ ◇ ◇
「魔王になんてならなきゃよかった」
ぷりぷりと怒りながら、真っ黒なローブをなびかせて城下町を歩く。
ローブの下に着ている服は、黒と白を基調としたフリル付きの物で、いわゆるゴスロリ衣装というものだ。執事が用意した物で、胸にあしらった赤いりぼんが愛らしい。
が、執事曰わく可愛い服を着ているのに、魔王アキの顔は冴えなかった。
なんでも、今日魔王城に勇者が来るというのだ。
魔王は勇者を見下しながらもてなし、勝負に負けなければならない。
これは、村がおこした勇者の旅のしきたりで、避けては通れぬ道だった。
「解せぬ……」
なぜ魔王が負けなければならないのだ。
魔王だぞ、魔王。魔のつく者の王だぞ。
魔王が勝つRPGがあったって良いじゃない。
そもそも負けるのは嫌いだ。勝ってこそ、私の美しさに磨きがかかるというのに。
そんなわけで、勝敗の決まっている勇者との勝負に不本意な気持ちを抱いているアキは、勇者が来る前に城を出て、城下町を散歩しているのである。
どうせ勇者が勝つのだから、少しくらい待たせてもいいだろう。
アキなりの、勇者に対する嫌がらせだった。
ぐるっと城下町を回れば、二時間は時間を潰せる。途中で喫茶店に入り、お茶を飲めば更に一時間プラスだ。
とりあえず、お気に入りの喫茶店に向かおうとした矢先、アキの視界に人だかりが入った。
「何だろう?」
人だかり周辺をよく見れば、骨組みが完成した建物の上に、人が数人居る。
手に持っていたのは、フルーツを入れる籠だ。
籠の中に入っている物を、人だかりに向かって投げている。
人だかりは投げられている物を、一生懸命拾っていた。
「何してるのかしら?」
「上棟祭ですよ。上から餅やお金を投げてるんです」
「へー」
背後から聞こえて来た解説に、アキは感心する。
間。
全く気配がしなかった声の主に驚き、アキは勢い良く振り向いた。
顔は見慣れぬ男だが、服装は見慣れていた。
勇者のマント。それを纏った優しい顔をした男。茶色の髪が、さらさらと風に揺れている。瞳は意外な事に赤だった。
赤は、魔法使いの色だ。
ちなみに、魔女はアキと同じ色だ。
「勇者……!」
「どうもこんにちは、魔王様。城下(そと)に居たんですね?城に行く手間が省けましたよ」
ケラケラと笑いながら、勇者……ハヤミネは言う。
マントから覗く勇者の剣に警戒しながら、アキは口を開いた。
「よく来たな、勇者よ。……ああ、もう口上述べるのも面倒だわ。勝負しに来たんでしょ?良いわよ、あんたの勝ちで」
「てなわけで、さっさと自分の故郷にお帰り」と、アキは獣を払うように手を振る。
初めから勝負を捨てている魔王に、ハヤミネは目を瞬かせた。
「意外だな。勝ち気で有名なあなたが、勝負を放棄するとは」
「勝負しなくても、勝敗はもう決まってるのよ。魔王は勇者に勝つなってしきたりなんだから」
面倒くさそうにアキは言い、退屈なのか髪の毛先を指に巻く。
ハヤミネは顎に手を置いて、ふむふむとしばらく考え込んだ後、腰にさした剣を鞘ごと地面に刺す。
そして、両手を上げて降参のポーズをとった。
「なるほど、わかりました。では、オレの負けでいいです」
「……はい?」
「ただし、条件付きで。オレをあんたの側に置いて下さい」
「はあ!?」
「元々、魔法使いのオレが正義の勇者なんて、性格に合わないんですよね。どちらかというと、人を見下したいタイプだし」
「何言ってるのよ!勝手に話し進めないで!」
アキは勇者に詰め寄り、胸ぐらを掴む。
それに構わず、勇者は淡々と言葉を続け、彼女は目を見開いた。
「実は、あなたが魔王になった時、オレも候補の一人だったんです。どうです?さり気なく、役職入れかわってみませんか?」
あなたは、魔王の役職が嫌みたいだし。
魔王を辞めて勇者になれば、魔王のオレをこてんぱんにやっつける事が出来る。
自由の身になって、好きなように生きられる。
「悪い話じゃないでしょう?魔王……いや、魔女アキさん」
妖しく微笑み、甘く囁いたハヤミネの言葉に、アキの心が揺らいだ。
end