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□妖精と歌う少年
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 ノース広場にあるモミの木には妖精が居る。
 イルギール国の外れにある小さな村に、昔からある言い伝えです。
 妖精はお祭り好きで、村の行事はいつもノース広場で行い、クリスマスには村の子供達が聖歌を披露するのが恒例でした。
 村で育った少年マルコも、聖歌隊の一員として、何度もモミの木の下で歌いました。
 モミの木は村のシンボルでもあり、村人達の憩いの場として親しまれていました。
 が、ある日一人の貴族が村を訪ね、モミの木のある広場を買い取り、木を伐採して、自分の建物を建てると言い出したのです。
 貴族社会のこの国は、どんな事でも貴族の言うことが正しく、優先されます。
 庶民ばかりのこの村に、貴族に逆らえる者などなく、モミの木が伐採される所を、マルコは幼い妹と共に呆然と佇みながら、眺めていました。


 ◆  ◆  ◆


「おにいちゃん……、ようせいさんはどうなっちゃったの……?」

 帰り道。
 妹リルの手を引きながら、家へと続く道を歩いていた時に問われました。

「さあ……。お兄ちゃんにはわからないなー」

「モミのきも、ようせいさんも、しんじゃったのかなー?」

 立ち止まり、潤んだ目でマルコを見つめながら、リルは問います。
 マルコはリルの頭を優しく撫でながら、口を開きました。

「だいじょーぶ。モミの木も妖精さんも、きっと帰って来る。居ないのは少しの間だけだよ。だから、帰って来たら『お帰り』って言ってあげような」

「うん……うん……」

 ぽたぽたと流れる涙を、服の袖で拭いながら、リルは頷きます。
 そんな妹の様子を見ながら、マルコは決意しました。
 絶対に、あの木と広場を取り返す。
 妹の為に。
 そして、モミの木の妖精の為に。

 翌日から、マルコは熱心に教会に通い、神に祈りました。

「神よどうか、この声を聞き、届けて下さい」

 ノース広場にモミの木を。
 妖精達をお戻し下さい。

 ◆  ◆  ◆


 それから半年が経ち、木を伐採した貴族の周辺で不審な死が続き、遂に、貴族本人がこの世と別れました。
 大人達の話を聞いた所、貴族は魔法使いで、貴族相手に違法な魔術占いをし、生計を立てていたようです。
 魔法警察に知られそうになる度に、村や町を転々と逃げていたようですが、遂に魔術の副作用で亡くなってしまったそうです。

「モミの木を伐採した罰だ」

「妖精の怒りを受けたんだろうな」

 大人達は、貴族の話をした最後に必ずこう言いました。


 ◆  ◆  ◆


 その日も、マルコは教会に行き、神に祈りました。

「神よどうか、」

 祈りの途中で、コトンと、マルコの前にモミの木の苗木が生えた鉢が置かれます。
 マルコは目を瞬かせ、鉢を置いた人物を見ました。
 黒い色の髪に、白い色のローブを纏った若い女性です。
 女性はにっこりと笑って「あげる」とマルコに言いました。

「え……?」

「欲しかったんでしょ?モミの木。だから、あげる」

「でも、お姉さんのじゃ」

「私のじゃないわ、あなた達のよ。だから、あげると言うより『返す』って言った方が正しいかもね」

 笑顔を崩さずに女性は言います。
 マルコは鉢に手を添え、困惑しながらも女性に頭を下げました。

「その木には、魔法をかけてあるの。木の成長を早める魔法。でも、それだけじゃ成長しないの。誰かに助けてもらわないと……。君にお願いしてもいいかな?」

 マルコは頷きました。

「何をすればいいの?」

「それはね……」


 ◆  ◆  ◆


 クリスマスの夜。
 ノース広場のモミの木の下で、大人達に見守られながら、子供達が聖歌を歌っています。
 聖歌隊には、10歳になったリルもおり、緊張で顔を赤らめながらも、美しい歌声を披露していました。
 その様子を、15歳になったマルコが大人達に紛れながら見ていました。
 教会で、モミの木を女性から貰ってから5年が経ちました。
 モミの木は、伐採される前と同じ位の大きさまでに成長し、村人達を驚かせました。
 子供達の歌に合わせて、マルコも口ずさみます。
 5年間、満月が天の頂に昇った時に、モミの木に向かって歌っていた曲です。

『満月が天に昇った時に、モミの木に聖歌を贈って欲しいの。妖精達の笑い声が聴こえたら、魔法は成功よ』

 歌いながら、モミの木を仰ぎ見ます。
 青い色の帽子と洋服に身を包んだ小さな妖精達が、コロコロと笑いながら歌に合わせて踊っていました。

「お帰りモミの木」

 そして、妖精達。


 ◇  ◇  ◇


『お姉さん、名前何て言うの?』

『私?リリーって言うのよ』

 前日の新聞に、庶民出身初の王太子妃が生まれたと書かれていたのは、また別の話。


 ◇  ◇  ◇




end



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