倉庫

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「エリートの名は伊達じゃないね、リリー」

 クスリと笑みを零して、アシュレイは呟きます。
 彼の視線は、鏡がはめられていた窓枠に向けられていました。
 窓の側に、もうもうと煙のような魔力が立ち込め、割れた鏡の破片を踏み締める音が、中から聞こえます。
 そして、身の丈程もある杖を手に、リリーが煙の中から姿を現しました。
 魔力を冷気へ変換させているのか、彼女の歩いた地面は凍り付き、場の空気も冷たい物に変えてます。
 それ以上に冷たかったのは、彼女の目でした。
 その目を見て、アシュレイは思いました。
 これは確実に、怒ってる。
 何に怒っているのかは分かりませんが、彼女が怒っている事は分かりました。

「そこの悪魔さん……」

 リリーに問いかけられ、悪魔はびくりと体を震わせます。
 なんなんだコイツは。さっきと雰囲気が全然違うじゃないか。
 ここは逃げた方がいい。
 そう判断しましたが、意に反して体が動きません。
 足元を見ると、いつの間にか足と地面を氷で縫い止められていました。

「な……ッ!」

「冥土の土産は、お持ちになって?ならば、逝け!」

 言うのと同時に、リリーは地面を杖で叩きます。
 魔力が吹雪へと変わり、悪魔を包み込むと、瞬き一つで氷漬けにしました。
 それを確認し、足に魔力を集中させ、悪魔の頭上に跳躍し、杖先に魔力を溜めます。
 怒号もろとも、リリーは杖を悪魔の頭上から突き刺し、悪魔は氷ごと砕け散りました。

「私を惑わそうなんて、百年早いのよ」

 貴族社会の荒波に揉まれたこの精神、簡単に揺らいだりなどしない。

 杖を一振りして元の大きさに戻し、ここでやっと、リリーは一息入れました。

「お見事。実に鮮やかなお手前だったよ、リリー。君を誘って正解だった!」

 パチパチと笑顔で拍手をしながら、アシュレイは彼女に近づく。
 リリーは杖をベルトにしまいながら「当然」と一言だけ返しました。
 因みに、リリーが悪魔の相手をしている間、彼は何をしていたかというと、小屋の中に入って、悪魔と契約した魔女の確認をしていました。
 老齢の魔女は既に息を引き取っており、魔女の魔力を得た悪魔が、魔女に成り代わっていたようです。
 老齢の魔女が悪魔と契約する理由の大半が、永遠の若さとか不死を求めるもので、彼の調べではこの魔女も例に漏れずそれでした。
 最も、自分の力量を超える悪魔と契約すると、望みを叶えるどころか逆に操られたり、魔力を奪われて殺されたりしてしまうのですが。
 それが理由で、悪魔との契約は違法となったのです。
 目先の利益に捕らわれ、法を犯した挙げ句の果てに殺されてしまうとは、哀れな老魔女だと、アシュレイは感想を言いました。

「それにしても、リリーは本当に強いね。将来、魔法大臣になってもおかしくないかも」

「それは無理ね。庶民は、要職に就けないから」

 法律で、要職は貴族出身の者と決められているのです。庶民出身のリリーにはなれません。
 なのにもかかわらず、アシュレイはケラケラと笑って「なれるよ」と返しました。

「僕が法律を変えてしまえばいいんだからさ」

「法律を変える?あんたに、そんなデカい権力あるの?」

「あるよ。だって僕……王子だからね」

 この国の第一王子、現国王の正統な後継者。
 朗らかに笑いながら、アシュレイは言い切りました。
 間。

「はあああああ!?」

 リリーが驚くのも無理ありません。
 王子の存在は知っていましたが、放浪癖があって、城に居る事は殆どなく、道楽息子と呼ばれ、国民の前に姿を現さず、リリーも見たことがありません。
 アシュレイの印象と王子の印象がかけ離れていて、気付くどころか、王子であるなどこれっぽっちも思ってませんでした。

「嘘でしょう!?」

「嘘じゃないよ。前にヒントを言っただろう?『だらしないと、他の貴族に怒られるんだよ。貴族の恥だ』ってね」

「気付くか!」

「リリーなら気付くと思ったけど、やっぱりダメだったか。まあ、それはおいといて。今後の事なんだけどさ、僕と手を組まない?この腐った貴族社会を壊す為にさ。君も同じ事を思ってるんだろう」

 一緒にぶっ壊そうよ。

 右手を差し出して、アシュレイはリリーに言います。
 貴族の頂点に立つ王子アシュレイと、庶民出身のエリート魔女リリー。
 手を取り合えば、この国を変える渦の目となれるだろう。
 リリーはしばらく考えた後、彼の手を取りました。

「裏切りは無しよ、道楽王子様」

「分かってるよ、エリートさん」

 アシュレイはリリーにかしずき、裏切らない誓いとして、彼女の手の甲にキスを落としました。




end
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