倉庫

□3
1ページ/2ページ



 ◇  ◇  ◇


 私が魔女になったのはね、


 ◇  ◇  ◇


 気付けばリリーは、暗い闇の中に居ました。
 夜のような完全な闇ではありません。
 その証拠に、自分の身体がはっきりと見え、目も闇に慣れていました。

「異空間に飛ばされた。久しぶりにやっちゃったわね」

 小屋の窓枠に張り込められていた鏡は、異空間への入口だったようです。
 狙いを定めた者の心を映し、反応した相手に光を放って、引き込む。昔から伝わる古い魔法。
 あの悪魔、少女の姿をしてる割には、相当歳が上のようです。
 悪魔に出し抜かれ、リリーは苛立ちを体内から逃すように舌打ちをしました。
 とにかく、今は異空間から出る事が最優先。
 アシュレイの仕事を手伝いに来たのに、足を引っ張るような真似は、リリーのプライドに反します。

「入口として使われた鏡が、どこかにあるはず」

 その鏡を使えば、元の世界に戻れる。

 リリーは杖を顔の前に出し、杖先を横に向け、呪文を唱えました。

「光よ我を導け 鏡の所へ」

 杖から光が溢れ、杖の中央に集中し、闇の中に光の道を放ちました。
 光は、リリーの居る場所から、そう遠くない所で途切れています。
 途切れた場所に、鏡があるのです。
 杖を下ろた彼女は、魔力を足に集中させて、一度の跳躍で鏡の場所へと移動しました。

「あった」

 降り立ったリリーの足元に、窓枠にはめられていた鏡と同じ物が、置かれていました。
 鏡を覗き込んで見ると、鏡の向こうで、アシュレイと例の悪魔が戦っていました。
 早く戻って、加勢しなければ。
 ここから出る方法を記憶の底から引きずりだそうとした時、背後からあの声が聞こえました。

「どうして、魔女なんかになったの?」

 ハッとして振り返ると、自分と瓜二つの幻影が、胸から血を流し、泣いていました。

「どうして、魔女なんかになったの?あなたが魔女にならなければ、私はこんなに傷つかなかったのに」

 リリーの幻影は、リリーに恨みを持っているようです。

 鏡は、人の心を映す。
 鏡は、人の心を惑わす。

 この幻影は、リリーの心そのものでした。

 リリーが魔女にならなければ、リリーの心は傷つかなかった。
 貴族達に蔑んだ目で見られず、傷付く事もなく、ただの庶民として平穏無事に過ごせていただろうに。
 何故、貴族達がはびこる魔法の世界に足を踏み入れたのか。
 貴族が絶対という社会に、庶民の居場所などないのに。

「どうして、魔女なんかになったの?」

 両手を伸ばし、ひたりひたりとリリーに近づきながら、繰り返し同じ言葉を言います。

 どうして、魔女になった。
 どうして、魔女になった。
 どうして、魔女になった。
 どうして、どうして、どうして、どうして……ッ!

 リリーの頭を掻き乱すように、永遠と。
 血と涙を流して、リリーに近付きます。
 あと一歩でリリーに触れる位置まで来た時、リリーは杖を振って、幻影の手を払いました。

『どうして、魔女になったの?』

 昔、魔法学校に通っていた時に、教師から問われた言葉です。
 教師も例に漏れず、貴族出身。
 貴族社会のこの国で、リリーの居る場所は、貴族至上主義思想が最も強い場所。
 当時、リリーと同期の庶民出身の魔女や魔法使いは殆どおらず、教師が不思議がるのも、貴族出身派から見れば、当然の事でした。
 当時、リリーは質問に答えられませんでした。否、答えなかった。
 その答えは、貴族を完全に敵に回すものだから。

「どうして、魔女になったかですって?」

 脳裏に浮かぶ、両親と兄、庶民出身の国民達。
 貴族が庶民を虐げる姿を、リリーは何度も見てきました。
 理不尽な事を、貴族から直接言われました。
 魔女の仕事の待遇も、良いものではありません。
 度重なる貴族の横行に、リリーの我慢も限界点を突破しようとしていました。

 腕の半分程の長さの杖を、魔力を込めて、自身の背と変わらない長さにリリーは変えます。
 魔力の込められた杖は、暗闇の中で白銀に輝き、溢れ出る魔力で彼女のローブや髪が翻りました。

「よく聞きなさい、私の幻影よ。私が魔女になったのはね、」

 逃げないように、魔法陣で幻影を縛り止め、杖を振り上げました。

「この腐った貴族社会を、ぶっ壊すためよッ!」

 杖先に魔力を集め、貴族への鬱憤をぶつけるかのように勢い良く、幻影に杖を振り下ろしました。


 ◆  ◆  ◆


 鏡の割れる音が辺りに響き、悪魔とアシュレイは動きを止めました。
 少女の姿をした悪魔は驚きで目を見開いています。
 一方のアシュレイは、こうなる事を予測していたらしく、余裕の笑みを浮かべていました。

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ