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□エリート魔女リリー
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その日、エリート魔女のリリーはとても泣きたい気分でした。
貴族出身で、同期の魔女リザベラと共に、貴重なカエルを保護するという任務を受け、カエル捜索に向かったのですが、リザベラがワザとカエルの天敵ヘビを大量に放ち、貴重なカエルは全滅。任務は失敗。
その事を、魔女と魔法使いの指揮官達に報告すれば、やれリリーが悪いだの、止めなかったお前が悪いだのと、一方的に叱られる始末。貴族出身のリザベラは、一言二言注意を受けただけでした。(「道具の扱いには気をつけなさい」とかなんとか)
なんて、対照的な扱いだろうと、リリーは唇を噛み締めながら、指揮官達の怒りを受けてました。
リリーの住む魔女と魔法使いの国『イルギール国』は、貴族社会の国です。
何をするにも貴族が優先、貴族が偉いという風潮が流れ、リザベラも指揮官達も全員貴族出身です。対するリリーは、庶民出身の魔女でした。
庶民出身でエリート魔女と呼ばれるのは、彼女だけです。他の庶民達は、満足に仕事をする所か、魔法学校にも通えません。リリーが学校に行けたのは、両親と二人の兄が彼女の魔法の才を伸ばす為に、一生懸命働いたからでした。
学校に通わせてくれた家族の為に、リリーはがむしゃらに仕事をし、エリートと呼ばれるようになりましたが、庶民出身という肩書きが優先され、指揮官達や先輩魔女達からも良い顔をされません。ペアを組むリザベラは、悪戯をして邪魔ばかりします。今回の任務で、リリーは溜まりに溜まっていた鬱憤が、涙となって溢れ出そうでした。
でも、リリーはそれを許しません。泣き顔を貴族出身の魔女達に見られたら、更にキツい言葉を浴びさせられると分かっていたからです。こんな時は、お酒でも飲んで、気分を紛らわすに限ります。
もっとも、リリーはお酒が苦手なので、ジュースがお酒の代わりですが。
指揮官達から解放された後。リリーは、上の兄ハウエルの経営するドリンクバーに立ち寄り、カウンター席でジュースを浴びるように飲み始めました。
「貴族がなんだっていうの?ちくしょうー」
指揮官達に解放されても、ジュースを飲んでも、胸のもやもやは取れません。
カウンターのテーブルに突っ伏してグチグチと呟いていると、左の席に座っている男が声をかけてきました。
「荒れてるね、エリートさん」
リリーは顔を上げて、目を据わらせながら男を見ました。
肩まで伸びた青みのある黒い髪に、瞬く星のようにキラキラと光る水色の目をした男です。着ている服は、上質な黒い生地に、銀色の三角の刺繍がいくつもしてあるドレスコートでした。
一目で貴族出身だと分かります。リリーの目が、更に据わりました。
「あっち行って。私、今凄く貴族を見たくないの」
「貴族は嫌いかい?」
「嫌いよ!」
苛立ちから、リリーはコップをテーブルに叩き付けますが、ドリンクバーは他のお客さんで賑やかなので、誰も気にとめません。
貴族の男はクスクスと笑い始め、目に涙が浮かぶ程笑うと、「失礼、失礼」と良いながら、指で涙を拭いました。
「貴族に真っ向から文句を言う庶民を見るのは初めてでね。ああ、気を悪くしないでおくれ。僕も貴族は嫌いだから」
杖を取り出したリリーに向けて、後半の言葉を男は慌てて言います。
リリーは男を警戒しながらも、杖をしまい、ジュースの瓶に手を伸ばしてコップに注ぎながら、男の名を聞きました。
「アシュレイだよ。アシュレイ・オリオン。君の事は知ってるよ、リリー・エリックだよね。カウンターに居るのは、君のお兄さんでハウエル・エリックだ」
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