蝶の王子様
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サトラの腹を貫いた黒い髪が、ずるりと音を立てて引き抜かれる。
彼女の背後にいた子供たちは目を見開き、言葉を失ったままただただ崩れ落ちるサトラを見ていた。
その間もドレスに広がる赤い染み。
三人を現実に戻したのは、部屋に響いた第三者の靴音だ。
揺れる瞳で、クウラは靴音の方に視線を向ける。
カイラが頭から血を流し肩で息をしながら、倒れてる母親と、弟たちを見ていた。
大広間で別れてから一時間も経ってないのに、その姿が懐かしく頼もしい。
それと同時に、いつもと何かがおかしいと思った。
先に気付いたのはサクラで、口を手で覆って、言葉を詰まらせた。
「せ、んせっ……?」
カイラの左腕がそこになかった。
「どうして……?」
サクラの呟きが耳に届いたのか、アヤキがカイラの方に体を向けた。
「広間にいた奴らにお前の足止めを頼んだんだが、よく切り抜けて来たな」
「腕一本取られましたけどね。でも、上々な出来でしょう。子供三人逃がす代償としては」
アヤキと対峙しながら、カイラは残された右腕に力を集中させる。
何をするのか察したクウラは、やっと声を発した。
「ダメだ!カイラ兄(にい)!ダメだ!」
カイラは眉一つ動かさない。
雷が集まって固まって、人が三人呑まれるほどの大きな龍となる。
腕を振るって龍を放つと、龍は身をくねらせて宙を舞い、大きな顎を開いてクウラ達を呑み込む。
そして、窓ガラスを突き破って外に出た。
なすすべなく呑まれた彼らは、龍の中から遠ざかる城や町を見ていた。
「何これ!」
「先生!」
サクラとレオンが壁を叩くが、龍はびくともしない。
構わず、真っ直ぐ飛び続けている。
レオンは隣に居るクウラを見て、彼の肩を揺さぶった。
「クウラ、何か知ってるんだろ!答えろ!」
顔を青ざめさせながら、クウラは言葉を選ぶように口を開いた。
「死ぬ、つもりなんだ……」
遠ざかる龍を見送り、アヤキはカイラに視線を戻す。
「貴様……私の欲しい者を、秘術の術者をよくも……!」
持っていた剣を振るい、力を爆発させる。
圧倒する力にカイラは臆せず、口を開いた。
「あなたにあの子は必要ない。そもそもあなたの求める秘術は、全てを叶える万能の術ではないからだ」
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