蝶の王子様

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 二人は同時に息を呑み、目を見開く。
 薄い暗闇に転々と広がる濃い鳥の影。
 森で羽根を休めていた鳥たちが、爆発に驚いて一斉にバサバサと飛び立っていた。
 音のした方へ顔を向けると、再び爆発音が耳に届く。
 呆然と、立ち上る煙りの固まりを眺める。
 まるで、黒い入道雲だ。
 雲と違うのは、次々と立ち上っては直ぐ、風に流され形が崩れる所だろうか。
 冬の風は冷たく、今も外に居る二人を吹きさらしている。
 見開いていた目に風が当たり、乾いてきたところで、ようやくサクラは我に返る。
 すでに日は暮れ、空は藍色から闇色へと変わろうとしている。
 なのに、町の上空は赤く輝いていた。
 否。赤いのは空ではなく町だ。町に広がっている赤いものが、空を赤く染めている。
 それを切り裂く黒い煙りが、幾つもあった。
 また一つ、新しい煙りが増える。
 風に乗って来た焦げた臭いが鼻を刺激した。
 事態を理解するにつれ、全身の血がひいていく。
 寒気は汗に変わり、じわりとにじみ出て頬を伝わった。

「ちょっと、まって」

 力のない声が出る。
 あの方向は間違いなく町だ。 その町には……あそこには、シンラとカズラが出かけているのだ。
 そして、カズラの恋人のシャラキも町に住んでいる。
 二人は彼に会いに、町へ向かったのだ。
 帰宅の便りはまだ届いていない。町を出たという連絡も入っていない。
 連絡を忘れているだけで、もう帰路についていたらいいのに。
 そんな甘い考えも、新たに立ち上がった煙りによって打ち消された。
 あの下では、赤く熱い炎が燃え盛っている。
 建物や人を巻き込みながら、赤々と激しく、うねるように。
 黒い入道雲を吐き出して、広がっていく。
 入道雲は高く、高く、昇っていく。
 守皇の島を出る時に見た、二匹の龍のように、高く、高く……。
 手の届かないところへ、行ってしまう。逝ってしまう。
 大切なものを無くした時の絶望が、身体の内側に広がりだした時、アスラの絶叫が鼓膜を切り裂いた。
 それが引き金となって、何をしようとしていたのか思い出す。
 良くも悪くも、彼女のおかげで目が覚めた。
 アスラの方へ振り返り、足を一歩踏み出そうとする。が、阻まれた。

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