蝶の王子様
□20
1ページ/3ページ
城の廊下を、空軍の制服を着た男が一人、小走りで進んでいた。
眼鏡の奥にある瞳に、焦りの色が見える。
顎まで伸びた茶髪の髪は2つに分けられ、覗いた額に汗が浮かんでいる。
男は情報部の部長室に着くと、ノックもせずに扉を開け、中へと足を踏み込んだ。
「おい、コウラン!」
部屋の主人であるコウランは、ビクリと肩を上げる。
それに構わず、男は机に、持っていた新聞を叩きつけた。
「これはどういう事だ!」
「まあまあ、落ち着けよレオルくん。とりあえず、腰かけたらどうかね?」
隅にある客人用のソファーをすすめるが、レオルと呼ばれた男は拒否した。
「いい、終われば直ぐ出る」
「そ……そう?」
「それよりも、これだ」
コツコツと、指で新聞を叩く。
「私の息子は、クウラ君やサクラちゃんたちと一緒に留学に行ってるんだよな?」
レオルの目が細められる。
「誘拐とはどういう事だ?」
レオルの声音が冷たくなり、まるで尋問されている気分になるコウランだ。
目を泳がせながら、情報部の部長は口を開いた。
「その話は、あとでするからーー」
「お前たち……、何か企んでないだろうな?」
さっと、レオルから視線を逸らす。
なんともわかりやすい反応だ。
同族で同い年で、家も近所。勤め先も同じ。付き合いは誰よりも長い。何かを企んでいる時の様子や、嘘を吐いてる時の行動はお互いに熟知している。
コウランが目を逸らした時は肯定。ついでに、カエンは諦めた表情をしてため息を吐いたら肯定だ。
「企んでるんだな」
「大丈夫。危険な事じゃない……たぶん……」
「たぶんだぁ?ぶっちゃけ、日曜日の謁見でも冷や冷やしたぞ、私は」
あの日の事を思い出し、レオルは苦虫を噛み潰した表情(かお)をする。
目が覚めた後、あの惨劇とも呼べるような場所に、息子たちがいなくてよかったと、心の底から安堵した。
今思い出しても、ぞっとするような光景だ。
冷静さを取り戻すように、息を深く吐き出す。
「まあ、無事ならそれでいいんだが……。もう一つ聞きたい」
父親の表情から、軍人の表情に変わり、コウランも背筋を正す。
「クウラ君の親は、ケイラで間違いないな」
確信を持った問いに、コウランは黙って頷く。
やはり、同期の目は欺けないか。
.