蝶の王子様

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 ◆  ◆  ◆


「クウラ。ちょっといい?」

 体が冷え切る前にリビングに戻ると、風呂上がりのカズラに声をかけられた。

「なに?」

「話があるの」

「こっちへおいで」と、クウラをソファーに誘う。
 カズラの声は明るいものだが、表情は少々ぎこちない。
 この雰囲気は世間話じゃないなと、クウラは察する。
 姉の放つ雰囲気に引っ張られて、クウラも神妙な面持ちでソファーに向かった。
 その時、背中に視線を感じて、振り返る。
 一緒に下りてきた友人たちが、じっとこちらを見ていた。
 二人の目が語っている。
「一緒に聞いてもいいか」と。
 クウラは短く息を吐き出し、カズラに口を開いた。

「二人も聞いて大丈夫?」

「大丈夫よ。むしろ、今後の為に聞いておいた方がいいかも知れない」

 朗らかに笑って、カズラは言葉を返す。
 返答を聞いてクウラは二人に視線を戻した。

「だってさ」

 パッと、友人たちの表情が明るくなる。
 パタパタとクウラに駆け寄り、一緒にカズラの待つソファーへと移動して、彼女の向かいに腰を下ろした。
 揃った所で一呼吸吐き出してから、クウラが口を開く。

「それで、話って何?」

「アスラの事なんだけどね」

 彼女の名前を聞いて、末弟の表情が強張るのをカズラは見逃さなかった。
 まあ、無理もないか。
 先ほどの言葉は、人の心を抉るには十分すぎるほど鋭かった。
 でも、話さなければ。これは、彼にも関わって来る事だから。
 長女は、意を決したように息を吐いてから、話を続ける。

「あの子、昔は明るくていい子で、あんな事言う子じゃなかったの」

 長い避難生活で、彼女の心は変わってしまった。
 人を疑い、自分を蔑み、誰も信用出来ないほどに。
 昔の彼女を思い出すように、遠くを見つめる。
 島に居た頃は、両親と暮らして居た頃は、冷たい言葉を吐く子ではなかった。
 明るくて優しくて甘えん坊で、両親や兄、姉、叔父の後をついて回るような子で。クウラがお腹の中に居るとわかってからは、いつ産まれるのかと楽しみにして待っていたのだ。

『弟が産まれるの?それとも、妹?』

 母のお腹を撫でながら、そう質問していたのをよく覚えている。
 あんなに楽しみにしていたのに。

『お前なんて、帰って来なくてよかったのに』

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