蝶の王子様

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 行く当てもなく、帰る道もわからないので、カイラは言われた通り、男の後をついて歩く。

「どこに向かってるんですか?」

 自分は死んだ。
 だとすれば、ここは黄泉の国。あの世と呼ばれる場所。死者はこの場へ来ると、越えるのに一週間はかかると言われる山を通り、書類審査を受けてから川を渡ると聞いている。川を渡った先にあるのは裁判所だ。
 が、いつまで歩いても川を渡るどころか、書類審査を受ける気配もない。
 そのかわり、黒々とした大きな影が、眼前に迫っていた。
 背を向けたまま、男が口を開く。

「あれは、現世と黄泉を隔ててる針山だ。願いが届いた、お前を地上に戻す」

 カイラは息を呑む。
 男が足を止めると、輪郭しか見えなかった針山がはっきりと見えた。
 血にまみれた、鋭い針の木。木々の隙間に、申し訳程度に山道があり、道の脇には追い立て役の鬼が立っている。
 あの鬼は、亡者が近道をしないように見張っているように見えた。

「この山を越えた先が現世だ。普通の人間なら、歩いて一週間かかるが、お前ならそんなにかからないだろう。……天命を迎えるまで戻って来るなよ、小僧」

 カイラをその場に置き、男は来た道を戻る。
 遠ざかって行く黒い背中に、答えてくれなかった質問を、カイラは再びぶつけた。

「あなたは、誰ですか?」

「……俺の事なら、お前の弟がよく知っている」

 知りたければ、さっさと戻る事だ。

 その言葉を残して、男は闇の中に姿を消した。


 ◆  ◆  ◆


 リビングの扉が開く音がして、クウラたちはそちらに視線を向ける。
 シオラと同じ髪色をした20代後半の男性が、眠りから覚めきらない表情をして部屋に入ってきた。
 彼が、シオラの兄リュウラだ。
 背中の真ん中まで伸ばした髪を首の後ろで一つに縛ってから三つ編みにし、胸に流している。着ている服は、赤い色をした中華風の部屋着だ。
 部屋に入って開口一番、リュウラは妹たちがずっこけそうになる言葉を放った。

「脇毛に、10円ハゲがあるんだけど、何でか知らない?」

 姉弟たちが顔を見合わせる。
 間。
 シオラが吹き出したのにつられて、クウラたちも笑い出した。
 ケラケラと腹を抱えて笑い、ひとしきり笑って満足したシオラがようやっと口を開く。

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