蝶の王子様

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 ◇  ◇  ◇


 雨の夜。
 似た顔をした男女が、手を取り合って森の中を駆け進む。
 雨が顔に当たり、顔も足元の道もぐちゃぐちゃだ。
 雨でぬかるむ道を、泥を跳ねながら必死に進む。
 時々、足がもつれそうになっても、止まるわけにはいかなかった。
 雨以外の雫が頬を伝っても、止めるわけにはいかなかった。

「ふ……くぅ……っ!」

 女の方が嗚咽を漏らし、手の甲で顔を拭う。
 拭っても拭っても、濡れるとわかっているのに。
 肌がこすれて赤くなるほど、何度も何度も拭って、嗚咽を漏らした。
 走りっぱなしで、息をするのも辛いだろうに。
 ずっと走りつづけて片腹が痛い。
 女の隣にいた男も、止まりたい足を叱咤して、足を動かす。

「アヤキ、大丈夫か?」

「大丈夫、だ。これしきの痛み、母上と父上が受けた痛みに比べれば、なんて事ない」

 いつもの強気な表情を見せて、女は言い切る。
 自分たちの両親は、今回の革命で親戚諸とも処刑台で首をはねられた。

『いきなさい』

 母の言葉が、頭の中で繰り返される。

『いきなさい』

 行きなさい。
 生きなさい。

 革命を受け、隠れ家として住んでいた古城の塔から、自分たちを逃がす時に言われた言葉だ。
 ヨシアキ率いる革命軍は、王族という肩書きを持つものを、本家から分家まで端の端まで捕らえては、首をはねていった。老若男女問わず、二人の知っている親族はみな殺された。
 王族だけではない。
 王党派と呼ばれる政治家も使用人も民衆も、悲惨な末路を迎えた。
 民主化を進める上で、ヨシアキは彼らを邪魔だと思ったのだ。自分の巣に居るキリギリスはいらないと。
 今では彼がこの国の王となり、独裁的な政治をしている。
 王はいらないと言いながら、自分がなるのはいいみたいだ。

「許さない……!」

 憎たらしい笑みを浮かべる男の顔が頭から離れない。

「許さない……!」

 男の顔をかき消すように、地面を強く蹴った。
 ばしゃりと、泥が跳ねる。

「許さない……!」

 私から家族を奪ったあの男を。
 国を盗んだ、卑怯者を。
 絶対に許さない。許せない!

「私は戻る……戻るぞシユキ」

 あの男から必ず国を取り戻す。
 私の国。
 美しく強い国。
 必ず。あの男から。

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