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□美女と野獣のティーパーティー
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「エクレルール!廊下を歩いた底でテーブルに乗らないでちょうだい!」

「おっと!失礼、ポワニャール!」

 仰々しい素振りで頭を下げてから、燭台は一旦床に戻る。
 相変わらず、言動の一つ一つが騒がしい召し使いであると、主人は呆れ顔を見せた。
 カートを押してきたキュイジーヌが自分を支える幹を曲げて燭台をフックで掴み取り、洗濯をしたばかりのナプキンで、器用に底を拭き始めた。
 燭台は腕が無いので、自分で底を拭けないのだ。
 燭台が底を拭いてもらっている間に、少女がそろそろと遠慮がちに食堂へ入室するのが、視界に入った。
 主人から召し使いまで勢揃いしているのを目に入れて、ぴたりと動きを止めてしまう。
 席に座るのを躊躇する少女に、ポットが声を声をかけた。

「さあさあ、おかけになって!いいですよね、ご主人様」

「ああ」

 立ったままでいられては、こちらの気分も優れない。
 ポットを通して、座るように促す。
 少女は恐る恐る椅子に歩み寄り、腰を下ろした。
 彼女がお茶の席を体験するのは、今日が二度目だ。
 慣れない空気に緊張して、キョロキョロと辺りを忙しなく見ている。
 天井から吊り下げられているランプの火が、すきま風で揺さぶられながらそんな彼女を照らしていた。
 こんな調子で、キュイジーヌの菓子を楽しめるのだろうか。
 少しだけ心配する主人だが、口にも顔にも出さず手元にある読書用の文庫本に視線を落とす。
 お茶を飲む者が席に着いたのを見計らって、召し使いたちが慣れた手つきで動き始めた。
 ポワニャールは主人と少女のカップに紅茶を注ぎまわる。
 キュイジーヌは切り分けたケーキを皿に乗せ、さらに今日届いた牛乳で作られたバニラアイスを添えた。彩りで、ミントの葉もアイスにちょこんと乗せられる。
 目の前に置かれたガトー・オー・ショコラとアイスのセットに、少女の目が僅かに輝いたのを、主人は視線の端で確認した。
 どうやら、優秀な料理係のメニュー変更は正解だったようだ。
 本から紅茶を注がれたカップに視線を移し、砂糖入れから角砂糖を二つ取り出して、小さな薄い茶色の池に落とす。
 くるくるとスプーンで混ぜ出すと、少女も主人の真似をして、紅茶に角砂糖を落とした。
 主人と少女は、これといった会話をすることもなく、目も合わせることなく、お菓子とお茶を自分なりに食べ進める。
 銀で出来たフォークが皿をこする音と、カップを置く音が食堂に伝わっている中、主人の毛深い脛に痛みが走った。
 何事かと思って下を見れば、エクレルールが不満な表情を見せて主人を見上げている。
 なんだよと、片眉をつり上げて見せると、少女には聞こえない声量でエクレルールは口を開いた。

「静か過ぎです!もっとこう、何か……!何かないんですか……!」

「は……?」

 主人も、少女の耳に届かない声量で言葉を返す。
 この状況を何も疑問に思っていない主人の態度に、エクレルールは盛大なため息を吐いた。

「もっとこう、何か……!話しかけるとか、会話を交わすとか……!」

「……なぜ、それをせねばならぬのだ」

「ご主人様は一応主催者なんですよ。ご自身で、抜かりなくもてなすようにと言ったの、忘れちゃったんですか?毛むくじゃらでも、魔女の魔法で獣の顔になっていても、ご主人様はこの城の主人なのですから」

 魔法をかけられる前のように、客人をもてなし、退屈してないか気にかけろと、燭台は告げる。
 主人はぐるぐると喉を震わせてしばらく考え込んでから、ため息を吐いた。
 再び言葉を発しようとしたとき、かたりと音を立てて少女のフォークが皿に置かれる。
 ケーキとアイスが乗っていた場所には既に何もない。
 もう食べ終わったのかと主人が驚いていると、少女が視線をさまよわせながら、おずおずと小さな口を開いた。

「あの……おかわりしてもいいですか……?」

「…………」

 少女をじっと見やったまま、主人は返す言葉に窮する。
 その主人に代わって、燭台が返答した。

「どうぞ!遠慮せず、たくさん食べてください!キュイジーヌ!おかわりの用意だ!」

 カチャン、カチャンと騒がしい音を立てながら、燭台はテーブルの上に飛び乗り、控えていた料理人に指示を出す。
 ポワニャールの「エクレルール!またなの!」という怒声は、華麗に無視された。
 出された時と同じく、チョコレート色のケーキとバニラのアイスを添えられた皿が少女の前に置かれ、飛びつくように食べ始めた。
 今日のお菓子は、おかわりを願うほどに少女の口に合ったのだろうか。
 これは、後でキュイジーヌを褒めてやらねばならない。
 召し使いは、抜かりなく少女をもてなした。
 ポワニャールは少女のカップに紅茶のおかわりを入れ、キュイジーヌは美味しいケーキを用意し、エクレルールは……。

「お前は何をしてたっけ?」

「はい?」

 突拍子もない質問を投げられて、燭台は首を傾げるような仕草をした。


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