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□美女と野獣のティーパーティー
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「城の主人なのだから、当然の事でしょう。ご主人様主催のお茶会。あなたが行かずして、誰が行きますか」

 ここまで一息で捲し立てた燭台である。
 ふぅと軽く息を吐き出し呼吸を整えてから、主人の晴れ渡った夏の空と同じ色をした水色の瞳を真っ直ぐに見つめて、再び口を開いた。

「ご主人様が野獣になってから、みんなと決めたでしょう。『出来ることは自分でやる』『みんなで助け合って、暮らして行く』ね?ポワニャールが怖い顔をして纏めてたの、忘れちゃいましたか?」

 おどけるように問われて、鼻から強く息を吹き出し、椅子に座り直して背もたれに背を預ける。
 燭台に言われた取り決めは、記憶の片隅にしっかりと縫い付けられてる。忘れた事は一度もない。
 我が事ながら、面倒な事を容認したものだ。
 苦い表情をして、主人は舌打ちをすると、重い腰をあげた。




 主人は黒い塗料が剥げ始めている扉の前に立ち、ノックをしようと拳を握る。
 が、やはりやめようかという気持ちが胸に広がり、上げた拳をおろした。
 肩に乗る燭台がそれに気づいて、早く扉をノックしろと急かす。
 なんだかんだと言っていたのに、この召し使いは結局ついてきてるではないか。お前が誘えよ。
 言いたい気持ちを息を吐き出すことで抑え、主人は扉と向き直った。 
 コツコツ。
 長く鋭い爪がある手を握り、少女がいる部屋の戸を控えめに叩く。
 一拍遅れて、中から少女の小さく細い声が聞こえた。
 声音の中に、戸惑いと疑問が混ぜられている。
 思えば、こちらから話しかけるのは初めてだ。

「なんでしょうか?」

「……茶会に来ないか?腹も空いて来る時間だろう」

 少女は直ぐに答えない。
 突然の誘いに、思考が停止してしまったのだろうか。
 扉越しでも、なんとも言えない空気が流れる。
 気まずさから逃げる為、一つ二つと数を数える。
 八つを数えたところで、少女が言葉を返した。

「それは、私が参加してもいいものですか……?」

 彼女なりに精一杯考えて出した言葉だろう。
 食事は共にしているのに、何を今さら遠慮しているのかと思うが、遠慮してるなら無理に茶を出すこともないのではとも思う。
 断ってくれるならそれはそれで有難い。こちらも気を使わなくて済む。
 主人がそう考えている中、燭台が明るい声音で口を開いた。

「ぜひ、お越しくださいませ!マドモアゼル!お茶会の主催者も来ても良いと仰せになられているのですから!」

「楽しそうだな、お前……」

 キンキンと耳に響く声に顔をしかめつつ、主人は呟く。

「何か言いましたか?」

 おどけてくる召し使いに「なんでもない」と返した。
 短い会話をしていると、ヒールが床を叩く音と、衣擦れの音が耳の奥に届いた。
 二人でやり取りしている間に答えを出した少女が、扉の方へ移動してきたようだ。
 ゆっくりとドアノブが動き、扉の隙間から少女が顔を覗かせる。
 少女の瞳が大柄な主人の身体をとらえ、次に肩に乗る燭台に移された。
 その瞳には、やはりというべきか。案の定というべきか。困惑の色が浮かんでいる。

「あの……」

「ごきげんよう!マドモアゼル!さあさあ、楽しいお茶会が始まりますよ!食堂へゴーゴー!」

 燭台が主人の肩から床に下りて、少女の着ているスカートの裾を引っ張る。
 本当に行って良いのかと、彼女がこちらに視線を飛ばした。

「興味があるなら……歩みを進めるといい」

 少女に告げてから、ゆるゆると歩く召し使いと少女を大股で追い抜く。
 曇りぎみだった少女の表情(かお)に、日差しが降り注いだ気がするが、見なかった事にしてダイニングへと先に戻った。
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