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□美女と野獣のティーパーティー
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 この城の料理を全て一任しているコート掛けのキュイジーヌが、オーブンから本日のお菓子を取り出す。
 ふわりと広がる甘いチョコレートの香りが、野獣の鼻をつんっと刺激した。
 今日の菓子は、ガトー・オ・ショコラか。久しぶりに姿をみたな。
 久方ぶりに出されるホールのケーキに、主人は軽く目を見張った。
 コート掛けは、まぁるく綺麗に作られた濃い茶色のケーキを型から取り出して、白い皿に乗せる。
 乗せられたケーキは、より一層自身の存在を主張したが、皿と同じ色の白くさらさらとした砂糖を振りかけられて、控えめになる。
 雪を被った切り株によく似た姿だなと、胸の内で呟く。
 口には出さない。出したら、作った本人に睨まれるから。
 キュイジーヌの邪魔にならないよう、壁に寄りかかって厨房を眺めていた主人は、作業が一区切りついたところで口を開いた。

「今日はチョコレートケーキか」

「はい、ご主人様。甘いお菓子の方が、お客様もお喜びになるだろうと思いまして」

 お客様とは、あの少女の事だ。
 城の麓にある村でまことしやかに流されている噂のせいで、野獣に差し出された生け贄の少女。
 この城に来たばかりの時は傷や痣だらけだったが、時間が経過して薄れてきている。
 まだ幼さが残る少女を瞼の裏に映しながら、主人は頷いた。

「……そうだな」

 予定では、今日の菓子はクッキーだった気がする。クッキーも十分甘いお菓子だと思うのだが。
 さてはこの料理人(めしつかい)、少しだけ見栄をだしたな。
 自分の腕の技術を見せつけようというわけだ。
 目はないが、あったらそこにありそうなフックの付け根部分を、探るように見る。
 見られていること気付いたキュイジーヌが、身体を僅かに傾けた。

「……何か?」

「なんでもない。…………あの少女にもてなしをするなら、抜かりなくやるように」

「かしこまりました」

 息を一つ吐き出してから、大きな身体を揺らして隣にある食堂へ向かう。
 上座にある主人の椅子に腰を落ち着けて、向かいにある席に視線を向けた。
 今は無人の席だが、直にあの少女がやってくる。
 獣の耳は、食堂に向かって歩く少女の足音と、迎えに行った燭台のカチャカチャという音をとらえていた。

「ご主人様!」

 嗄れた声が、背後から響く。
 視線を移すと、野獣の背丈とそう変わらないホールクロックが、がたごとと振り子室の扉を明け閉めして言葉を発していた。

「助けてください……!この通り、時間がずれてきて……」

 古びた時計は深いため息を吐き出す。肩があれば、大きく下がっていただろう。
 時計は腕がないので、自分で針を正しい場所に移動出来ない。
 それなのに、文字盤の針は自分の意思に反して狂い出す。
 自身の力で直せない事へのやるせなさに、時計が日々襲われているのを主人は知っていた。
『出来ることは自分でやる』
『みんなで助け合って暮らしていく』
 ポワニャールがまとめた、みんなで生きていく為の取り決めに、時計はなかなか応えてやることが出来ない。
 出来ることといえば、大きく鐘を鳴らして時間を伝えること。
 それから、愚痴を聞いてやることくらいだ。
 主人は、首から下げている懐中時計を取り出し、時間を確認する。
 本来の時間は、午後三時になろうかといったところだ。
 が、古時計の針はまだ一時半を過ぎたところである。
 このままではお茶を楽しんでいる間に、鐘が鳴り響きそうだ。
 主人は椅子から立ち上がり、狂った時間を元に戻す。
 ついでに、文字盤と振り子室のガラス窓が埃で汚れていたので、手近にあったナプキンで拭き取った。

「ありがとうございます、ご主人」

「茶を飲んでいる時に鐘が鳴ったら困るからな」

 主人の冗談に、時計は困ったように笑って返す。
 そして、えっへんっと咳払いをしてから、三時を知らせる鐘を鳴らした。
 使用したナプキンを、使用済みの物を回収しながら城内を巡回するカート型の召し使いに渡す。
 同時に燭台の意気揚々とした声が食堂に響いた。

「さあさあ、マドモアゼル。お席へどうぞー!」

 扉が壁にぶつかり、火薬が爆発した時に似た音が言葉の後に続く。
 大方、燭台が廊下と食堂を仕切る両開きの扉に体当たりでもして開けたのだろう。
 助走をつけてうまい具合に飛び上がり、燭台の底で扉を蹴っ飛ばして押し開けるのが、エクレルールのやり方だ。
 腕のない召し使いたちが自由に行き来出来るように、扉は内側からでも外側からでも押して開けられるよう、つっかえのない形に改装してあるのだ。
 ぴょんぴょんと跳ねるように現れた燭台は、テーブルの上に飛び上がる。
 それを、ケーキを乗せたカートに乗ってちょうど食堂へ入ってきたポットが見かけて、目を剥いた。
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