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□ぼっちペンギン、カナイロ
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「ほら。あいつだよ、あいつ」

「ああ。直ぐ主人を捨てるって噂のペンギン?」

「噂じゃあ、主人の魔法使いにあれこれ口出すから、飼いきれなくて棄てられるらしいよ。他の使い魔にしようぜ」

 一人、また一人と、職安所にてペアになる使い魔を探しにきた魔法使いたちが、一人ぼっちで魔術書を読む少女を見るたびに一つ二つと言葉を吐いて去っていく。
 黒いローブで身をすっぽりと隠した少女は、気にする素振りを一つも見せず、表情筋を動かす事なくページを静かにめくった。
 俯いている顔に、伸びた前髪がかかる。
 一部分が白く染まったそれは、少女の読めない表情をさらに隠してしまう。
 陰気な雰囲気に包まれた彼女に、魔法使いも魔女たちも一度見ただけで去ってしまう。
 少し時はたち、今度は屈強な身体をもつ魔法使いが現れる。
 魔法使いは彼女を視界に入れると、大きな舌打ちをしてみせた。

「……っだよ、女じゃねえか」

 魔力のデカイ使い魔がいるって言うから来てみたのに。

 男の言葉に、彼女の瞼がぴくりと動く。
 が、視線は魔術書に向けられたまま、男に向けられることはなかった。
 踵の音を人一倍大きく立てながら男は出ていく。
 その姿も気配も消えてから、彼女は息を大きく吐き出した。
 また一つ、心ない言葉を投げられた。
 でたらめな噂も、よく聞けば本当の事が紛れている。
 魔法使いや魔女たちと反りが合わず、彼女の方から契約を解消してくれと頼んだのは事実だし、主人にたてついて解雇されたのも事実だ。
 ちょっと、任務のやり方について助言しただけで生意気だと言われたこともある。
 そんな事が、使い魔専門の魔法学校を卒業してから立て続けに起こり、気づけば職安所で次のペアを待ちながら、心ない言葉を聞く日々。
 毎日のことなのでもう慣れっこだが、女だからという理由で拒否されたのははじめてかも知れない。
 女が大きい魔力を持ってはいけないのだろうか。
 ちょっとだけ悔しかった。
 読み終えた魔術書をパタンと閉じて、次はずいぶん前に買った物語に手を伸ばす。
 魔女の怒りをかった王子様が獣の姿に変えられてしまい、自分を愛してくれる女性と出会って元の姿に戻るという内容の物だ。
 もう何度も読んでいる、好きな物語だ。
 女性に共感して読む仲間が多い中、彼女は王子様の方に感情移入して読むことが多い。
 この王子様は、自分を愛してくれる女性に出会えた。
 私も、いつか出会えるだろうか。
 自分を必要としてくれる、信頼できるご主人様に。
 会える日が、来るのだろうか。





「ここにいるって!噂のコウテイペンギンちゃん」

「今さら使い魔なんて……」

 待合室にある扉の向こうから、若い男の声が二つ響く。
 一つは明るめ。もう一つは、気の進まなそうな声音だった。
 扉を開けて、その噂のペンギンを見たら、二人とも出ていくんだろうな。
 使い魔を探しにきたのは、後者のようだし。
 口振りから、長いこと使い魔を持ってなかったのだろう。
 そんな人が、噂だらけのペンギンを使い魔に選ぶだろうか。
 次の主人にはならないだろうという落胆が、すでに胸に広がっている。
 手元に置いてある、大好きな物語の本に視線を落とす。
 物事は、物語のようにはいかないのだ。
 扉が開き、男が二人姿を現す。
 やはり、若い魔法使いだった。
 お互い心を許せる友人なのだろう。気さくに、言葉を交わしあっている。
 二人の声を聞きながら、彼女は息を吐き出した。
 待合室には他の使い魔もいる。
 ペンギンを見て落胆したあとは、そちらに行くだろう。
 そう思った時だった。

「ねえ!」

 上から降ってきた声に、びくりと身体を震わせる。
 目をまん丸にして頭上に視線を向けると、先ほど入室してきた二人がそこにいた。
 明るめの声を持った男がひらひらと手を振っている。

「やっほー。ペンギンさん。契約まだだよね?ちょっと、こいつの仕事手伝ってやってよ!」

「いきなり失礼だよ。ごめんね、気にしなくていいから」

 この人はいつもこうなんだと、男は苦い笑みを浮かべながら続ける。
 ふるふると頭を振って返し問題ない事を伝えると、男は再度謝罪した。

「君、名前はなんて言うの?」

 明るめの声をした男が問いかける。
 もう一方が咎めるような視線を投げるが、彼女は声を詰まらせながら答えた。

「か、カナイロ……です……」

「カナイロ……ああ。目の色が金色(かないろ)だね」

「……!」

 問わなかった方が目の色に気付き、柔らかく微笑む。
 今までどの主人も気づかなかったことに驚き、カナイロは息を呑んだ。




end



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