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□天之水分神からの贈り物
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「せんぱーい!白真せんぱーい!」

 境内にある池のほとりで寝そべっていた白真(はくま)は、参道の方から聞こえてきた声に耳をそよがせた。
 少年の甲高い声音に似た声だ。
 その声を最後に聞いたのは、つい最近のようでそうでない。
 顔を最後に合わせたのは、夏に入ったばかりの頃だろうか。
 胃がキリキリと痛み出すとんでもない頼み事を持ってきて、白真は諦めさせるのに大変な労力を強いられた。
 結局、諦めさせる事が出来ず、頼み事を聞いたのだが、その後連絡がない事からまあまあ上手くいったのであろう。
 因みにその頼み事とは、“天之水分神(あめのみくまりのかみ)と橋姫が祀られている神社で暮らす人の子に、神職として働かせられるよう閻魔大王の孫に頼んでくれ”というものだった。
 閻魔大王の孫は、白真が暮らす社の近所に建立されている自分の祖父母を祀った神社を拠点に全国を飛び回っている。
 孫を含め閻魔大王の部下たちも、その神社で神職をしているのだ。
 その孫は、大変生真面目で上から目線で怒らせるととてもとても怖い事で有名で、出来れば極力関わりたくない。
 話の流れで関わる事が何度かあったが、やはり関わりたくないという思いに変わりはなかった。
 さて、あの白狐になりたての後輩は、今回は何を持って訪ねて来たのか。
 よっこらせと身を起こし、四本の足に力を込めて立ち上がる。
 前足をぐぐっと伸ばし、固まった背筋をほぐすようにこちらも伸ばしてから、大きく息を吐き出す。
 参道で聞こえていた声が、次第に大きくなる。
 白真の銀色の瞳が、左手にある参道に向けられると同時に、白い狐の姿が駆け寄るのが目に入った。
 まだ若い白狐なので、茶色の毛がまだらに残っている。
 首回りには、籠目模様の風呂敷が巻かれていた。
 キラキラと輝いていた瞳が、白真を視界に入れるとより一層輝きを増す。

「白真せんぱーい!」

「白弥ー!」

 白弥(しろみ)と呼ばれた白狐は、白真の前まで来ると急停止してお座りの体勢を取る。
 祀られている神らしくお互いに居住まいを正し、白真の方から口を開いた。

「久しぶりだな、白弥!」

「お久しぶりです!先輩!今日は、水分神さまからお預かりしたお歳暮を持って来ました!」

 いそいそと首から風呂敷包みを外して、中身を白真に見せる。
 風呂敷に包まれていたのは、いかにも美味しそうな。そしてお高そうなお揚げだった。
 黄金色に輝く分厚いお揚げが少なくとも十枚はあり、白真は生唾を飲み込む。
 持って来た白弥も、今にも涎を垂らしそうだ。
 山の向こうに住まう水分神からの贈り物に、白真はめまいを覚える。
 これは、こちらからも何か贈らなければ。
 でもその前に。

「なんと……!なんと美味しそうなお揚げよ……!」

「でもこのお揚げ、まだ味がついてないんですよね」

「お米も詰められてないし」と、白弥は耳を垂れる。
 せっかく、美味しそうなお揚げなのだ。もっともっと美味しくして頂きたい。
 白弥の言葉に、白真も深く頷く。

「確かに……!よし!誰かに頼んでお稲荷さんを作って貰おう!」

「それは良い提案です!で、誰にですか?」

 白弥の問いに、白真は頭を悩ませる。
 白真の知り合いで料理が出来そうな人物。
 閻魔の孫は論外。
 空狐の孫は、出来そうではあるが、作っている所を家族に見られたら、そのお揚げはどうしたのかと怪しまれるだろう。残るは死神の少女か。

「よし!今から鈴那の所に行こう!行くぞ白弥!」

「あっ、はい!先輩!」

 お揚げを風呂敷で包み直し、白弥の首に巻き付けてから、二人は駆け出す。
 向かう先は、この地区に住まう死神少女の家だ。







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