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□霧の社にて、比売は獣と戯れる
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 社とこの辺りを護る、四本足の獣だ。
 右目は獣の爪に傷つけられた痕があり、瞼を開ける事が出来なくなっていた。
 首から比売と同じ勾玉を下げた獣は、ぐるぐると喉を鳴らして、比売を見下ろしている。
 眉と眉の間にシワが寄っている。
 どうやら、不満があるようだ。
 獣の表情を読み取った比売は、驚いた表情を消してふわりと和らいだ笑みを見せる。

「心配して迎えに来てくれたの?ありがとう、藍色」

 比売は手を伸ばし、獣の顔を包むように抱き寄せる。
 藍色(あいいろ)と呼ばれた獣は、二又に分かれた尾をゆらゆらと揺らした。
 ぐるぐるとまた喉が鳴ったが、不満に染まったものではなく、嬉しそうな音であった。
 鼻先を比売の胸に押しつけるようにして、すりすりと頬摺りをする。
 甘えだした彼の、もさもさとした毛を撫でながら、比売は口を開いた。

「藍色の毛は手触りが良くて温かいわね。私、大好きよ」

 ゆらゆらと揺れていた尾が、ぶんぶんと強い振りに変わる。

「朝晩の冷え込みも強くなってきたから、そろそろ添い寝でもしてもらおうかなあ」

 任せろと言わんばかりに、二本の尾をぴしりと一つ、強めに振った。
 彼の反応を一つ一つ堪能した比売はころころと笑い、藍色の毛を毛並みに沿ってゆるゆると撫でる。

「……そろそろ戻りましょうか。世話氏(せわし)とエラに怒られちゃう」

 全くだと同意するように、獣はまた一つ尾を振る。
 腰を上げた比売は、袿や裳に付着した草と泥を手で払って落とし、藍色の狼に寄り添う。

「行こうか?」

 比売の問いに狼は直ぐ答えず、一つ間をあけてから足を折った。
 狼の体高が低くなる。
 比売は首を傾けた。

「どうしたの?」

 狼は首を巡らし、自身の視線を背中へ向ける。
 二本の尾は、左右にゆっくりと揺れていた。

「乗っていいの?」

 狼の首が縦に動く。
 彼の意図を察して、比売は首の辺りにある毛を撫でた。

「ありがとう」

 言葉に甘えて、比売は狼の背に腰を下ろす。
 背には跨がず、足を二本とも横腹に流した形だ。
 比売が乗ったのを確認して、藍色はゆっくりと立ち上がり、のそりのそりと歩き出す。
 普段よりも高い場所から見える田園を、比売は目を細めて見つめた。
 丘の社から見える風景は同じなのに、藍色の背中から見える風景はまた一つ違う。
 背中から見る方が好きかも知れない。

「明日も……」

 良き日でありますように。
 明日と言わず、明後日も。その次の日も。
 比売の願いに、狼は一つ尾を振った。






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