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□魔王の平穏
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「いっ……たたた……」

 湯船に入るなり、魔王アキは顔をしかめた。
 露出していた手足の肌に出来た擦り傷を、熱い湯が刺激する。
 ひりひりと痺れるような痛みに耐えながら、肩までようやく浸かり、息を一つ吐き出した。

「今までで一番怪我したかも……」

 今日やって来た勇者は、珍しく筋肉稜々とした屈強な男であった。
 勇者というより、用心棒や賊系の似合う面構えで、魔王で魔女のアキもさすがに生唾を呑み込んだ。
 なんせ、今までやって来た勇者は痩身痩躯で、男から女まで至って普通の人間ばかり。
 時々、魔法使いや魔女、人間に混じって悪魔や天使もやって来たが、身の危険を感じるほどではなかった。
 そもそも、財政難の村が村おこしで始めた勇者の旅だ。
 勇者になりきって魔王を倒す、単純な観光事業。
 本気になってやって来る者など殆どいない。
 が、その男は本気で挑んで来た。
 屈強な肉体に負けず劣らずの大きな剣を振り回し、筋肉から繰り出される力は床や壁を軽々と抉り、砕けた瓦礫を投げアキを容赦なく襲う。
 おかげさまで、逃げたり投げられたりを繰り返したアキは、体中に痣と切り傷が出来ていた
 熱い戦いの結果は、魔王の負けだ。
 勇者の旅では、魔王は勇者に負けるという決まりなのだ。
 終わってから、アキは自分の姿を見て愕然とした。
 今日から新調した服も靴も生地が破れ、靴はヒールも折れていた。
 魔法で直せるとはいえ、ちょっとショックである。

「魔王なんてもううんざりだ……」




end
(To be continued.)



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