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□死期檻々
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びくりと肩を震わせて、イチコは後方に視線を向ける。
「(ひぃっ!)」
藍色の狼が腕を組んで仁王立ちしながら、無言でこちらに視線を送っている。
狼の背後に、渦を巻く黒い雲と青い稲妻が見えるのは気のせいか。
隣にいる赤毛の兄も、頬をひきつらせながら弟を見上げている。
狼の目は語っていた。
「お前が買いに来たのはパーカーだろう」と。
ルプスから視線を外し、イチコは待っていたピスィカと共に再び歩き始める。
「(買いたかったなあ、あのゲーム……)」
尾行をしている理由は、無駄遣い阻止な気がしてきた。
今日は大人しく、パーカーを買って帰ろう。
安いパーカーを買って、余ったお金でゲームを買えないだろうか。
でも、あの視線を受けてしまってはなあ。
今度はイチコが肩を落とす番であった。
「うわあ…………お前、なんて真似を…………」
「こうでもしないと、あの犬は買いますから。ただでさえ、今月分の問題集が遅れてるのに…………」
イチコのところには、毎月のように養母から問題集が五教科分送られてくる。
高等学校に通わない代わりの策だ。
送られてきた分を一月で終わらせ、養母に送り返すのだ。
今月は、その問題集の進みが遅れているのだ。
原因は色々あるが、やる気の問題が一番大きい。
やり始めたと思えば、疲れたと言って直ぐ手を止めてしまう。
肩に入れていた力を抜き、息を大きく吐き出す狼である。
落ち込んでいるのが離れていても伝わって来る。
ピスィカ以上だ。小さな背中がさらに小さく見える。
だが、買うのを制止させた事に後悔はない。
将来義理の妹になる少女の痛々しい姿に、マオは同情の視線を送った。
end