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□死期檻々
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 ラズが入所した時、カフェオレは休職中だった。
 そして戻ってきたカフェオレを、ラズは後輩(しんいり)だと思って接してしまった。
 気づいたのは、その日一日が終わってから。
 現場は、今と同じ大浴場だった。

『なかなか楽しい一日だったぞ、“ラズさん”』

 淡々と、奴(カフェオレ)はそう告げた。
 今思い出しても、頬に全身の熱が集まり、腹の内が気持ち悪くうねる。
 何で誰も教えてくれなかったんだという叫びは、口から出る事はなかった。

「明日が楽しみだな、ラズ」

「ーーっ、カフェオレには関係ない日だろ?」

「菓子は配らないが、先約は入っている」

 そう伝えた所で、カフェオレはラズから身を離し、脱衣場へと足を進める。
 先約とはなんだろうか。
 と、一瞬思ったが、カフェオレが渡したバレンタインの内容を思い出して、一人納得した。

「デートか」

「明日は私もマーガも外出だ。留守は任せたぞ……ラズ“ちゃん”」

「ちゃん付けやめろっ!」

 扉の取っ手に手をつけたカフェオレは、意に介した様子を見せずに口を開いた。

「ああ、そうだ。菓子をありがとう、ラズ。メモもちゃんと見たぞ」

「どうだ参ったか!菓子作りを放棄したカフェオレより、私の方が女子力上だ!」

 嬉々として言い放った言葉に、カフェオレはしばらく考えるようにラズの顔を射ぬく。
 たっぷり、二呼吸あけた所で言葉を返した。

「…………そうだな」

「なに……っ!?」

「湯冷めして風邪をひくなよ」

 それだけ言いおいて、カフェオレは扉の向こうへと姿を消す。
 答える前にあったあの間は、なんだったのか。
 首を捻るラズの身体を、冷めてきた浴場の空気が包み込んだ。




「……?」

 結局、長湯して脱衣場に戻ってくると、着替えの上にメモの端切れと一口サイズのチョコが置かれていた。
 送り主の名はないが、内容で察せた。

“ラズもまだまだ子供だな”

「あいつ……っ!」

 表面に、一言そう書かれていた。
 カフェオレだって、子供みたいな味覚のくせに!
 勢いに任せて、破り捨てようと思ったが、裏面に書かれた一文に気付き思い止まる。

“私は、みんなが傍にいてくれれば、それでいいんだ”

 菓子などなくても、傍らにいてくれるだけで、それだけでいい。
 だから私は、菓子を送らない。
 その代わりに、傍らにいる。
 長いとも短いとも言えない看守歴の中で、彼女の見つけたお返しだった。




end

ラズはしるしん(@TAKASI99995)さんからお借りしました。
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