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□死期檻々
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「ルプスさんの部屋はこの辺りだったかなあー」

 男子寮の窓がずらりと並び見える庭を歩き、ルプスとマオが暮らす部屋の位置を確認する。
 窓の側には目隠しと景観を目的とした銀杏並木があり、今の季節は青々とした葉を繁らせていた。
 夏真っ盛りの今日。
 暑いから皆一様にエアコンを使っているのか、窓の殆どはカーテンと共に閉めきられ、ベランダに置かれている室外機がくるくると回っていた。
 イチコはルプスの部屋がある位置に目星をつけ、その付近に植えられていた銀杏の枝に跳躍する。
 木登りは得意だ。道場で鍛えられた。
 幹を使ってよじ登る方法もあるが、イチコは枝と枝の間を跳躍して登る方法が好きなのだ。
 室内が見える場所まで移動し、枝を折らず、足音を立てず、気配を出来るだけ消して中の様子を伺う。
 運が良かったのか。ルプスの部屋はカーテンが片側だけ開いていた。
 マオとルプスのどちらが開けたのかはわからないが有難い。
 見辛いけれど、ルプスが使っているベッドが見える。
 そのベッドで、彼は横になって休んでいた。
 薄い生地の掛け布団から、上半身と頭が出ている。
 イチコには背中を向けているので、顔は見えなかった。

「まだ寝てるのかな…………」

 昨日は日勤だったから、夜は早めに寝れただろうに。
 夜更かしでもしたのか。
 夜行性なのだろうか。
 銀杏の葉で身を隠しながら、ルプスの姿を観察する。
 イチコから様子を見に来てから数分、彼は動く気配が無い。
 それからさらに十数分ほど観察を続けるが、生きている気配が感じられない。
 これは完全に寝ている状態だろうか。
 冬眠中の熊みたいだなとイチコが思い始めた時、のっそりとルプスが身を起こした。

「(あっ起きた)」

 表情を綻ばせ、少しだけ銀杏の葉から顔を覗かせる。
 ルプスはイチコが銀杏の木にいる事に気づいてないらしく、窓の方をいちべつもくれずにベッドから立ち上がった。
 イチコの居る場所からは見えない位置へと、彼は移動する。

「(うーん、どこ行ったんだろう。トイレかなあ。てか、これ……)」

 見てはいけないものを見てしまう気がする。
 いや、いずれは一緒に暮らし始める(かもしれないから)見ても問題ないだろうけど、やはりちょっと気がひける。
 許可なく着替える場面や、のんびり酒盛りをしたり、本を読んだりするところとか、普段見せてくれない一面を見てしまうのはどうなのか。

「まあ、気づかれなければいいか」

 危なそうな場面は目をそらせばいい。
 イチコの思考回路は単純だった。
 しばらくして、ルプスが見える位置に戻ってくる。
 片手にはペットボトルが握られていた。
 ベッドに腰を下ろし、直接口をつける。
 休日を一人で過ごすルプスの姿に、イチコは一人心を踊らせた。
 彼の一挙手一投足が見ていて面白い。
 出来ることなら、間近で堂々と見ていたい。
 ああでも、この位置からこっそり覗き見るのも捨てがたい。
 邪な思いを抱き始めるイチコである。
 繁みの中で一人悶えていると、ルプスがあらぬ方へ視線を向けた。
 あの視線の先は、部屋の扉がある方だ。
 イチコも同じ方向へ視線を向けてみると、勤務中のマオが部屋に戻ってきた。
 どたどたと忙しない様子で窓に歩みより、閉めきられた窓と開いていないカーテンを開ける。
 イチコは慌てて、葉の影に隠れた。

「“この部屋寒いよ!何度設定にしてるんだ!”」

「“さあ?…………何度だったか”」

「“さあ?じゃなくてさあ!そのうち風邪引くぞルプス!”」

「(英語で会話してるから、何言ってるのかさっぱりわからない。おのれ、英語圏人め……!)」

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