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□死期檻々
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「このこ、かえすね」
公園から離れた場所にある商店の前で、「めいこ」と名乗った桃色の少女からぬいぐるみを受けとる。
砂にまみれて、整えていた毛もぼさぼさで、汚れも沢山付着してしまったけど、自分の手に戻ってきた事に安堵して。でも、自分の力で取り戻せなかった事は悔しいままで、じわじわと目頭が熱くなる。
力のない、主(わたくし)でごめんね。このおんなのこみたいに、つよければな。
目を潤ませながら「ありがとう」と彼女に伝えて、大切な友だちの毛を撫でる。
「そのこ、かわいいね。けがふわふわしてて!」
「このまえのおたんじょうびに、おとうさまからぷれぜんとされたこですわ!まいにち、おていれしていますの!」
「……なんで、いじわるされてたの?」
唐突な質問に、びくりと肩を震わせる。
「そ、それは……」
目の前にいる女の子は、不思議に思ったことをぶつけてきただけだ。
決して、不快な思いをさせる為ではない。
少女もわかってはいるのだが、言葉に詰まってしまう。
初めて出会った女の子に告げても大丈夫だろうか。
理由を知って、先程の男の子たちみたいに虐めたりしないだろうか。
思い出して、じわじわと心に痛みが広がる。
質問に答えないまま、彼女を一度見る。
首を傾げて、不思議そうな表情をしながら言葉を待っていた。
口の中に溜まり始めた唾を飲み込む。
意を決して、再び口を開いた。
「それは、わ、わたくしが、“けまり”だから、ですわ……!」
「けまり……?」
「わたくしのなまえ、“けまり”のまりからとって、“マリ”なんですわ……。だからおとこのこたちが、けまりなんだろう?って……」
だから、蹴ってやると言って、ぬいぐるみを奪って、蹴鞠代わりにしたのだ。
本当はマリを蹴るはずなのに。
あの男の子たちは、マリを蹴ると怒られるのがわかっているから、ぬいぐるみを蹴ったのだ。
質問に答えたらまた悲しくなって、ぱたぱたと涙を流す。
まだ湿っているワンピースの袖で零れた物を拭いていると、女の子が口を開いた。
「わたし、“マリ”ちゃんってなまえかわいいとおもう!めが、まりみたいにまるくて、くりくりしててかわいいし!にあってるよ!おとこのこはばかだから、わかってないんだよ!」
「え……?」
「わたしのなまえはね」
目前の女の子は、地面に転がっていた石を取ると、茶色の地面に辿々しい手つきで自分の名前を書いた。
「“あおばめいこ”っていうの」
青葉の芽が生える子と書いて、青葉芽生子っていうの。
「だから、おにいちゃんがね、はっぱはっぱっていってくるんだ。おにいちゃんだって、はっぱのこなのにね」
「はっぱ……?」
「マリちゃんが“まり”なら、わたしは“はっぱのめ”だね!」
笑って語る桃色の女の子を、マリはぽかんと口を開けて見つめる。
めいこは石を地面に放り投げるようにして捨てると、手をぱんぱんと叩いて土を落としながら口を開いた。
「ねえ!マリちゃんのおうちはどこにあるの!ちなみに、わたしのおうちはあのおおきなようかんのむこうがわだよ!」
めいこが指を向ける先に、マリは視線を移す。
見覚えのある屋根の色に、「あっ!」と、声をあげた。
「あのようかん、わたくしのおうちですわ!」
「そうなの!?じゃあ、おとなりさんだね!」
「おとなりさんですわ!」
END