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□死期檻々
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「クリスマスですね!」
「クリスマスですわ!」
イチコが温かいココアをテーブルに運び、二人に配り終えてから腰を落ち着けたところで、炬燵を囲む友人二人が唐突に口を開く。
ココアのお供にしたチョコチップクッキーに手を伸ばしたまま、イチコは首を傾げた。
確かに、クリスマスと呼ばれる行事が、一週間後まで迫って来ている。
寮の玄関口にはイチコの身の丈と同程度のクリスマスツリーが飾られ、その他小物サイズのツリーがあちこちの出窓や棚に置かれ、この場所で暮らす者たちの目にこれでもかと存在を主張していた。
一週間後まで迫った行事に、浮き足立つ者も出てきた印象だ。
恋人持ちの面々が、この日はどこどこへ行くんだと話す場面も度々目撃している。
友人たちと寮の自室や食堂で、ささやかな宴をする者もいるようだ。
その反面、仕事を割り当てられた面々は気が重いのか、浮かない表情をしている。
イチコも、クリスマスは前日当日も含めて仕事だ。が、気分は重くなく、普段と同じか寧ろ軽やかである。
自分から働くと決めたのもあるが、クリスマスに強い思い入れがないのもあるだろう。
イチコの中では、クリスマスはツリーを飾り、ケーキを食べてチキンを食べて、朝起きたらサンタクロースからプレゼントが届いているという認識だ。
その認識を、先日恋人のルプスに伝えたら渋い表情をされたのだが、どこか間違えているのだろうか。
訂正も肯定もされないまま、今に至る認識である。
そのクリスマスがどうかしたのだろうか。
ピスィカもマリもミサに行くと聞いていたが、他にも用事があるのだろうか。
とりあえず、チョコチップクッキーを一枚摘まみ、口に運ぶ。
ポリポリと、クッキーを噛み砕いていると、二人が再び口を開いた。
「サンタクロースですね!」
「サンタクロースですわ!」
「ーーん、そうだね」
口にあったクッキーを飲み込んでから、イチコは言葉を返す。
友人二人に視線を向けると、その目が妖しく光った事に気づいた。
ぞくりと、背筋に寒気が走る。
この寒気に、イチコは覚えがあった。
時は十月。ハロウィーンの季節だ。
その月も、ピスィカが唐突に口を開いて、言い放ったのだ
“仮装の季節ですね!”
イチコをお店に連れていき、にこやかな笑みを浮かべてあーでもない、こーでもないと衣装を選んでいた彼女の姿を思い出す。
まさかとは思うが、クリスマスもか。
いや待て。落ち着けイチコ。
気持ちを落ち着かせるようにココアを一口分喉に流し込む。
クリスマスで仮装をするとは聞いた事がない。
巷では、パーティーを楽しむ時にサンタクロースやトナカイの衣装を着るものもいるようだが、イチコはクリスマスパーティーに出る予定もやる予定もないので論外だ。
が……。
ちらりと、二人の様子を伺う。
じぃっとイチコを見ながら、よからぬ事を企んでいる表情をしていた。
「……二人とも、どうしたの?」
「サンタコスですね……!」
「サンタコスですわ……!」
イチコの問いに返って来たものを聞き、桃色の犬は頭を抱えたくなった。
「(やっべぇ……)」
嫌な予感が的中してしまった。
野生の勘なのかなんなのかは知らないが、時々自分の予感的中率が嫌になる。(便利な時もあるけれど)
二人の言うサンタコスとはあれか。サンタクロースのコスチュームか。
サンタクロースなら、下はズボンだろうし過度なレースも無いから、着ても大丈夫だろう。
少なくとも、ハロウィーンの時に試着した魔女風衣装や、アルプスの少女風衣装よりは簡素なはずだ、たぶん。
と、思ったのだが、現実はやはり甘くなかった。
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