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□死期檻々
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 路面電車の駅から出て、目前に広がる大通公園の幻想的な光景に、イチコは表情を綻ばせた。

「すっごーい!キラキラしてるー!」

 薄暗い夕暮れ時。
 橙色のランプに照らされて建ち並ぶ屋台にあるのは、クリスマスの装飾品たちだ。
 クリスマスリースはもちろん、クリスマスツリーに飾る物。さらに、窓や壁にぶら下げて彩るレースで作られた飾り物。
 ガラス細工のお店に、クリスマスのお菓子を売る屋台、ホットワインやソーセージを売る屋台には人だかりが出来ている。
 大通の奥には、高さ五十メートルはあろうかと思われるクリスマスツリーが用意され、ライトアップされていた。
 こちらも、周囲は記念撮影をする人で溢れている。
 クリスマスまでまだ三週間程あるが、家族連れや恋人たち、友人たちで賑わう公園は、すっかりクリスマスの雰囲気に包まれていた。
 先陣切って広場に足を踏み入れたイチコに続いてピスィカが入り、その後にマオとルプスの兄弟が続く。
 イチコの隣に立ちながら、ピスィカが口を開いた。

「クリスマスマーケットに来るの初めてです!」

「私もっ!」

 きゃっきゃっと笑い合いながら、まだ未成年の女の子たちが言葉を交わす。
 今にも駆け出して行きそうな二人を、マオが微笑ましそうに見ていた。

「マーケットに来るのは俺も久しぶりかなあー」

「“数年前に女連れて行った時以来ですね”」

 間を開けずに、マオが弟の襟首を掴んで釘を刺した。

「“……何ですか?”」

「“それ、二人には言うなよ。絶対に言うなよ。特にイチコちゃんには言うなよ!あの子、潔癖だから!”」

 先日、ピスィカ以外の女子と仲良く喋ってるのをイチコに見つかって、何も言われずじっとりと湿った視線を向けられた日の事を思い出す。
 ルプスもその場に居たのでよく覚えている出来事だ。
 過去については不問だが、現在からこの先は別である。
 というのが、イチコの持論だ。
 元気が取り柄のイチコが、口を閉ざして放ったじっとりとした視線は、些か不気味なものがあった。
 怒らせるような真似をするつもりは毛頭ないが、今後もしないようにと身を引き締めた狼である。
 彼女のあの視線は、墓に入ってからも丁重にお断りしたい。
 マオから解放されたルプスは、大きく息を吐き出す。
 その間に、マオは女子二人に歩み寄り、人懐っこい笑みを見せて口を開いた。

「“Hey!彼女たち!”どこから行くー?」

「うーん、どこからにしましょう」

 目に入るマーケットの店舗を見つめながら、ピスィカが唸る。
 クリスマスの雑貨も気になるが、食べ物の方も気になる。時間帯が時間帯なだけに、小腹も空きはじめる頃だ。ピスィカのお腹も空間が出来つつある。男性陣は特にだろう。
 が、奥にあるクリスマスツリーもゆっくりと見てみたいし、周辺にある簡易なイルミネーションも散策したい。
 ピスィカ一人では決められない案件だ。
 助けを求めるようにイチコを見ると、ピスィカに背を向けて、あらぬ方へ視線を向けていた。
 ピスィカもイチコの視線を追って、先にあるものを見つける。
 そこにあったのは、父母に手を繋がれて歩いていく女の子だ。
 笑う両親につられて、女の子も笑顔を見せている。
 ピスィカはその姿を視界に入れて、息を呑んだ。
 あれは実母にも実父にも捨てられたイチコが、夢見た姿ではないか。
 夏に起こった、実母来襲事件の様子が頭を過ぎ去っていく。
 一言で表すなら、心を抉る酷い事件だった。
 ピスィカが思い出してしまったのだ。当事者のイチコも当然思い出して、色々な気持ちが大波となって押し寄せてるかもしれない。
 せっかく羽を伸ばしに来たのに、そんな思いをさせてはだめだ。
 友達の泣く姿を見るのは、もうたくさんだ。

「なんとかして、呼び戻さないと……!」

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