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□死期檻々
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「“イチコちゃんって子、すっごい面白いね!”」

 訓練所のシャワールームで汗を流していた赤毛の兄(マオ)が、興奮冷めやらぬといった体で話し出した。
 シャワールームの扉に背を預け、腕を組んで兄が出てくるのを待っていたルプスは、不愉快そうに顔の部位が歪める。
 扉に隔たれている為、そんなルプスの様子にマオが気づける訳がなく、シャワーの音に負けず劣らずの声音で、言葉を続けた。

「“ぴょんぴょん跳ねたり、殴って来たと思ったら直ぐ間をあけてきたり!蹴ってやろうかと思ったら、こっちの懐に入ってるし!やってて飽きないよ!”」

 今日から配属された、新人の看守。
 桃色の髪をひらひらと揺らしながら、兄と組手をしていたまだあどけなさが残る少女だ。
 聞けば忍者道場出身で、五歳の頃から忍者になる修行をしていたという。
 忍者になる修行が、具体的にどういうものなのか思い浮かばないが、身のこなしを見る限り武道を幾つか習っているのは間違いない。
 受け身のとり方は柔道そのもののやつであり、足技は空手に近かった。
 得意武器は日本刀と言っていたから、居合いや剣道も習っているのかもしれない。
 距離をあける時に、宙返りや捻り技も一、二度見せていた。体操も習わされていたのだろうか。
 所々でカフェオレと似た動きをしていたのは、やはり彼女の妹分であり後輩だからだろうか。
 “今日はこの後新人研修があるから”と、少しの時間しか出来なかったが、機会があればまた相手をして欲しいものだ。
 今回は素手だったが、武器有りでも一手してみたい。
 次はどんな手を使ってくるのかと想像しただけで気分が上がる。

「“男相手に怯む様子も、怖がる様子も見せないし、なんか手合わせに慣れてる感じ!久しぶりに楽しめそうじゃない?”」

「“………………………………買いかぶり過ぎだ”」

 長らく兄の話を聞いていたルプスは、ようやく重い口を開けた。
 弟の素っ気ない返答に、マオが不満の声を漏らす。

「“ええーーそうかなあ。ルプスも一度相手してみるといいよ。忍者と戦う機会なんて、早々ないんだからさ!”」

「“……………………興味ない”」

「“またそうやって、他人から距離を取るんだから。俺知ってるんだからな!さっきの手合わせ、お前が真剣に見てたの!”」

「“気のせいでしょう”」

「“気のせいじゃないね!絶対見てたね!”」

 蛇口を捻る音がして、ルプスは背中を扉から離す。
 間髪入れずに、全身に水を滴らせたマオがシャワールームから飛び出してきた。

「“いい加減、素直になるって術を身につけたらどうだ?”」

「“俺が素直になる前に、あなたは身体を拭いてください。……………………床が濡れる”」

 言いながら、ルプスはタオル棚に置かれていたバスタオルを兄に投げつけた。


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