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□死期檻々
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「いい天気だなあ」

 人気のない日陰で横になりながら、深緑色の髪を一つにまとめた青年は呟いた。
 空はこれでもかと言うほど晴れ渡り、風も気持ちよい強さで吹いている。
 気温も寒すぎず、暑すぎずといったところで、昼寝にはうってつけの気候だった。
 今は作業の休憩時間だ。
 休憩が終われば直ぐ作業に戻らなくてはならないが、あの囚人の量だ。一人居なくても、誰も気づかないかもしれない。
 誰も気づかないまま、夕食の時間や風呂の時間なられたらそれはそれで困るがまあいいだろう。
 とにもかくにも、今はここで惰眠を貪ろう。
 作業時間までに起きれるかは、自分の体内時計次第だ。
 風を感じながら目を閉ざしたその時、久しぶりに聞く女性の声が耳を震わせた。

「気持ち良さそうだな、2391(クイト)」

「あ…………っ!」

 慌てて起き上がり、首を振って辺りを見る。
 直ぐ側にある木に背を預けるようにして立ち、こちらの様子を観察するようにして見る女が一人、視界に入る。
 毛先がはちこち跳ねた肩ほどまでの銀髪に、感情の読めないツツジ色の瞳。
 白い看守服に身を包んだ女性を、クイトと呼ばれた男はよく知っていた。
 看守時代の先輩だ。
 彼女の名を、カフェオレという。
 暗器を得意武器とする、忍者道場出身の看守だ。
 クイトも、暗器術の訓練で幾度か彼女から教わった。
 結構なスパルタ訓練だった。今思い出しても吐きそうになる。
 あの時は精神をやられて吐きそうというより、疲れすぎて吐きそうになった。
 スパルタではあったが、教え方は丁寧だし、口調もまあまあ優しかったし、先輩として嫌な部分はなかった。
 表情は読めないし、声音も淡々としているし、冷たいと思われがちな先輩ではあるが、クイトは彼女が優しい性格である事を知っている。
 看守時代。自分が処刑を苦手としている事に気づいた彼女が、処刑が終わった後で他の先輩に苦言を呈していたのを偶々耳にした。

『泣く死神などと誰が最初に言い出したのか。拒んでいる奴に無理矢理やらせているだけではないか』

 処刑をしたい看守は他にいるんだ。臨機応変に職員を動かさなくてどうするんだ。

 聞いていた先輩は(今になって思い出したが、あれたぶんマーガレットさんだな)、困ったような表情を浮かべて相槌を打っていた。
 その話を聞いた後で、処刑に関わる仕事は完全に無くなった訳ではないが、減ったとは思う。
 カフェオレの放った言葉が上に届いたのか。それとも、偶々だったのか。
 訓練で出会ったカフェオレも、他の先輩方も減った事に関して何も言って来なかった。
 クイトが過去を思い出している中、カフェオレが口を開いた。

「君に、裏の任務で処刑の任務が当てられてたぞ」

 裏の任務とは、看守が監獄外でする任務の事だ。
 主な活動は諜報だが、違法な組織を一網打尽にする事もある。
 その裏の任務には、腕のある囚人も同行する事があるのだ。
 その言葉が耳を震わせた瞬間、クイトは息を呑んだ。
 どくりと、鼓動が不自然に脈を打ち、嫌な汗が背筋にじわじわと浮きだした。
 自分からでは見えないが、表情は青ざめているだろう。
 クイトの表情を知って知らずか。
 カフェオレは言葉を続けた。

「嫌だろ?」

「嫌です」

「そう言うと思って、私の方から断りを入れておいた」

「…………!」

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