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□死期檻々
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「ちょっと!ちょっと!そこの手品が上手い看守のお兄さん!」

「…………俺ですか?」

 休憩の時間になり、作業場から食堂へと向かおうとした矢先、背後から明るい声音に呼び止められる。
 この声は囚人番号8369、ミロクと呼ばれる女のものだ。
 マーガレットは面倒臭く思いながらも、人当たりの良い笑顔を顔に被せて、振り返った。
 背中の真ん中まで伸ばした色素の薄い金髪を緩く巻き、裾を引きずってしまう程丈の長いドレスを着た長身の女が目に入る。
 彼女の作業場は、主に機械の部品を作っている所だ。
 機具に不具合でも生じただろうか。今から休憩なのに、それはやだなあ。
 毛先があちらこちらに跳ねている自分の髪を掻きながら、マーガレットは口を開いた。

「俺に何か用ですか?」

「あなた、カフェオレちゃんの教育係やってた先輩よね?」

 カフェオレと聞いて、自分と似た色の髪を持つ小柄な女性看守が頭の中を過(よぎ)る。

「ま、まあ……そうですけど……」

 正確には教育係ではなく、研修の時の班が一緒だっただけの、先輩と後輩という関係だ。
 彼女の教育係は別にいる。
 訂正しようかと思ったが、早く休憩に行きたかったので教育係という事にしておいた。
 彼女の言葉に頷くと、ミロクは安心と喜びが入り混ざった様子を見せ、柔らかな笑みを顔に作る。

「良かったあ!実はね、来月カフェオレちゃんの誕生日なんだけど、私の代わりに注文して届けてくれないかしら?」

「お金はあとで払うから」と、両手を合わせてミロクは頼む。
 予想外の頼みに、マーガレットは頬をひきつらせた。

「俺が、ですか……!」

「ええ。他に頼めそうな人に心当たりがなくてねえ。あなただけが頼りなのよー」

 けらけらと笑いながらミロクは言う。
 マーガレットはミロクから視線をそらしながら、実にお断りしたいという雰囲気をまとわせた。
 そもそも、マーガレットはカフェオレが苦手なのだ。
 表情が読めないから何を考えてるのかわからないし、口より先に手足が出るし、怒らせると手足が出てくるし。
 一度、事故で彼女のスカートの中身を見た時なんか大変な目にあった。
 無言で淡々とクナイを投げつけてくる娘を見たのは、あの時が初めてだ。
 以来、彼女にはなるべく関わらないように、感情を逆撫でしないようにと心掛けている。

「ええーー……」

「お願い、お兄さん」

 ミロクに何度もお願いをされ、マーガレットの心は折れてしまった。




「…………この優しい性格、どうにかした方がいいか」

 ミロクにお願いをされてから一ヶ月。
 遂に、カフェオレの誕生日が来てしまった。
 マーガレットの手元には、ミロクに頼まれて注文したカフェオレへの贈り物がある。
 紙袋に入っているので、一見すると手土産だ。
 誕生日のプレゼントだとは誰も思うまい。たぶん、きっと、おそらく。
 それにしても、朝から渡す機会を探して彼女の様子を見ているが、人間関係が希薄なのかなんなのか、他者からプレゼントを受け取っている様子はない。
 女子寮で貰っているのか。それとも、これから貰うのか。
 そもそも、今日が彼女の誕生日だと知っている奴がいるのか。
 マーガレットもミロクから聞かされて初めて知ったのだ。
 そんな事を考えながら食堂へ一人で入って来た彼女へと近づく。
 時間が良かったのは、食堂は閑散としていて自分たちをよく知る人は少ない。

「あ、あの、カフェオレさん」

 声をかけると、氷のように冷えたツツジ色の瞳が向けられた。
 この視線が苦手なのだ。
 心のうちを見透かされてる気がして。

「なんですか?マーガ先輩」

 抑揚のない淡々とした声音が、言葉を返す。
 この声も苦手だ。
 心を抉り取られそうな気がして。

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