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□死期檻々
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 監獄にある駐車場に停められた、黄色とハトで有名なツアーバスを思い出させる塗装をした特務車両。
 その傍らに集まった自分の班の面々を見て、マーガレットは頭を抱えたくなった。
 これから始まる任務は、貴族の避暑地にて行う社会人旅行を模して行う水泳訓練と、子女たちへの悪質な迷惑行為を働く者達の一斉検挙及び子女たちの護衛だ。
 看守たちを数班ほどに分けて、日程もずらしながら行う大体的な任務である。
 が、自分の前にいる今日の部下たちは、訓練とかけ離れているように思えた。
 ビニール製のシャチにイルカに、ビーチボール。それから、浮き輪にビート板。……ビーチパラソルは誰が持ってきたのだろうか。そもそも、いるのだろうか。
 水泳訓練があるから、プールに行くよとは言ってあるけども。
 社会人旅行を模してるから、私服で来いとも言ってあったが、模してるどころか完全に旅行気分ではないか。

「君たち…………今回の作戦要項頭に入ってるよね?」

 とりあえず、聞いてみる。

“あったり前じゃないですかあ”

“わかってますって”

“さんざん打ち合わせしておいてそれを言うのか?”

“信じてくださいよ、係長”

 次々と、言葉が返される。
 係長とはマーガレットの事だ。
 社会人旅行を模しているので、班の年長者が係長をやることになっていた。
 言った順番としては、ハーグル、レイヴン、ラズ、マオ、である。 
 上の方々がくじ引きで班編成したらしいのだが、なんの因果か、それとも切れぬ縁なのか切れなかった縁なのか、言葉を返した奴の片割れが見事に揃っている。
 その他にルプスとイチコ、センといった具合だ。
 ここまで仲良しこよしが揃ったのだから、カフェオレも……と思うが悲しいかな。彼女は別の班で係長をしている。
 彼女の班には、フォークとシャーラ。パッションとウィンター。ノワール他といった面々だ。女性が多かったと記憶している。
 余談だが、弄られる事が多いジャックはランバートと共に、ディディやベニトなど生真面目な班に入れられ、配られた資料を見ながらこの世の終わりみたいな表情をしていた。
 彼らが呟いた“鬱です……”という呟きが、耳にこびりついている。
 ジャックの入った班とマーガレットの班を混ぜ合わせて分ければ、良いバランスの班が生まれただろうに。
 少なくとも、この場にシャチやイルカが現れることはなかったはずだ。

「わかってるなら、みんなの手にあるあれやそれは何かな?」

“見てわからないんですか、係長”

“何って、係長。旅行の必需品ですよ”

“泊まるホテルって、バーベキューできるんやろ?一応、倉庫から一式持ってきたで”

“マーガ兄ちゃん、食材は現地調達でいいよね!”

“打ち上げ用の打ち上げ花火も持ってきました。というか、コウテイさんに持たされました”

“ひ、日焼け止めと虫除けスプレーの準備も出来てます……!”

 またしても、次々と返ってくる言葉たち。
 今度はマオ、レイヴン、ゲン、イチコ、ノア、ピスィカの順だ。
 頭を抱えるのを耐えていたマーガレットも、今度ばかりはお手上げだと、額を手で覆う。
 息を深く吸って吐き出し、また吸ってから、部下たちに言葉を放った。

「君たちね……一応これ、任務なんだよ、仕事なんだよ。ボーナスの査定とか来年度の昇給、昇格、班編成とかに関わってくる行事なんだよ。わかってる?」

 だから、遊ぶの禁止。

 言外でそれを伝える。
 すると、部下全員の目が何か訴える鹿のような眼差しで、マーガレットの身体を射ぬいた。

「うぐ……………………っ!……………………ああもうっ、わかったよ!好きにしろっ!思いっきり遊べ!どうせ責任を取るのは俺だけだ!」

“やったー!”

“係長太っ腹!”

“(バーベキュー)ごちになります!”

「おごるとは言ってないからな!」

 こうして、マーガレット率いる監獄事業課2課1係は、任務先である避暑地へと向かったのだった。




おわり
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