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□死期檻々
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「疲れた……」
屋上の柵に背を預けて座るマーガレットが、空を仰いで呟いた。
その隣に座るカフェオレが、紙パックのストローを加えたまま訝しげに彼を見上げる。
柔らかい質感の銀髪が、緩く吹く風にふわふわと遊ばれている。日に当てられた銀色が目に眩しい。思わず、目を細めてしまう。
カフェオレも同じ色の髪だが、彼の方が綺麗な銀色をしていると常々思っている。
絶対に口に出して言わないけど。
一、二度目を瞬かせてから横顔に視線を移すと、大きな息を吐いて瞼を閉じていた。
言葉に出したように、疲れがたまっているのだろう。いつもない皺が眉間に現れている。
顔色も、いつもより暗いだろうか。
ぬくぬくとした日差しには似合わない雰囲気だ。
口からストローを外し、カフェオレが口を開いた。
「二人っきりでお昼食べたいって言うから来たのに、開口一番がそれか」
辛辣な彼女の言葉に、マーガレットが苦い笑いを浮かべる。
気遣う言葉は来ないだろうと思ってはいた。思ってはいたが、いざそうなるとちょっと複雑である。
一度息を吐いてから、カフェオレの顔を見下ろし、ゆっくりと身体を傾けさせ、頭を彼女の肩に乗せた。
のしっと、彼の体重がカフェオレにのし掛かる。
カフェオレは片眉を僅かに上げた。
「…………おい」
「本当に疲れてるんだ。……今日で六連勤目なんだよ」
本当は五連勤で、今日は休みだったはずなのだが、急遽休みになった後輩の代わりに出てきたのだ。
ただ働いてるだけなら、長時間の勤務はなんとか乗り越えられる。
ただ、脱獄騒ぎだなんだかんだと事件が起きると、後処理で大変だ。
この勤務期間中も、小さな脱獄騒動が多々あった。
カフェオレも知っているのだろう。
それ以上、棘のある物言いはせず、マーガレットの話に耳を傾けている。
しばらく、二人の間に無言の空気が流れたあと、カフェオレが彼の頭に手を置いた。
「膝…………」
「膝?」
「膝、貸してやる。…………肩は重い」
思わず、息を呑んだ。
あのカフェオレが。
公私を分け、勤務時間中のスキンシップを抑えているカフェオレが、今だけ甘えるのを許した。
寄りかけていた身体を起こし、目を丸くしてマーガレットはカフェオレを見る。
彼女はマーガレットに向けて、ツツジ色の瞳から真っ直ぐ視線を向けていた。
「いらないなら、貸さない」
「い、いります……、いります!」
「じゃあ…………どうぞ」
立てていた膝を伸ばし、ぽんぽんと自身の太ももを叩く。
マーガレットはカフェオレの言葉に甘えて、自分の頭を彼女の太ももに乗せた。
思い返せば、膝枕をしてもらうのは初めてではないか。
ベッドに置いている枕と比べると、とても寝づらいはずなのに、心は異様に落ち着いている。
空から注ぐ日射しのせいか。
今日の屋上の日差しは、やけに柔らかく感じられる。
それとも、彼女が突然見せた気まぐれのせいか。
自然と、肺にたまっていた空気が抜けていく。
「三十分だけだぞ」
「わかりました」
短く返答して、マーガレットは瞼を落とした。
マーガレットが眠りについたのを確認し、カフェオレは肩の力を抜いた。
空いた手で、彼の柔らかな銀髪に指を通し、質感を確かめるように弄ぶ。
二人っきりで、ゆっくりと過ごす時間は何時以来だったか。
最近は勤務時間が真逆で、一緒の部屋で暮らしていてもすれ違う日々だった。
こうやって甘えたかったのは、自分の方だったのかもしれない。
ふっと、知らず知らずのうちに笑みがこぼれる。
「おやすみなさい…………あなた」
end