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□死期檻々
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「あっ。カフェオレ!」
機械製品を作る奉仕作業場の一角から、聞き慣れた声がする。
見回りをしていたカフェオレは足を止めて、声の方に視線を向けた。
桜の葉に似た色の髪をサイドにまとめた女性が視界に入る。
衣服は看守の物ではなく、囚人を示す私服だった。桜色の和洋を取り混ぜたワンピースは、とても見覚えがある。
「どうした?3900」
昔の同僚であり、友人でもある彼女に、カフェオレは当時と変わらぬ口調で言葉を返す。
友人が、作業中に声をかけてくるのは珍しいのか、眉は多少しかめられていた。
休憩中ならともかく、作業中に声をかけてくるとは。
スカートの裾を揺らして、囚人番号3900……桜紅と呼ばれている彼女が早足で寄ってくる。
そのままの勢いで右腕の二の腕を掴まれ、ずるずると壁際へと連れていかれた。
「何だ?」
「頼みがあるの!」
「頼み……?」
カフェオレが、訝しげな表情をする。
それに構わず、3900は言葉を続けた。
「中庭に植えられている植物なんだけど、萎れてきてるみたいなの。私の代わりに水をかけてくれない?」
今日は室内仕事だから外には行けないし。囚人(この立場)だから、自由に道具も使えない。
どうしたものかと迷っていたところ、友人であるカフェオレが目に入り、時間も考えずに声をかけてしまったそうだ。
看守時代の彼女を思い出し、カフェオレは一人納得する。
彼女は植物が好きなのだ。看守として仕事をしていた時も、空いた時間を見つけては植物の世話をし、囚人となった今も、植物たちを気にかけている。
3900が囚人となったきっかけも、教育係の先輩看守に世話をしていた花壇を踏み散らされ、激昂して殺めてしまったからだった。
「わかった。私の方でなんとかしておこう」
「本当!ありがとうカフェオレ!」
礼と同時に、3900は自分よりも背の低いカフェオレに力一杯抱きつく。
くぐもった声が、カフェオレの口から漏れでた。
◆ ◆ ◆
「と、いうわけで。3705と6690の二人には、植物の水やりをしてもらう」
幼い少女二人の前で、カフェオレは言い放つ。
別の奉仕作業をしてもらうからという理由で、未成年囚人を集めて行う一般常識の授業から連れ出された二人は、困惑した表情を見せながら返事をした。
「では早速。6690はホースで、3705は私とジョウロで。手分けして散水を行うぞ。いいな」
ホースの先端とジョウロを片手に、カフェオレが説明する。
彼女の背後では、萎れている植物たちが今か今かと水を心待ちするように、茂った葉を風で揺らしていた。
全ての説明と注意する事を伝え、何か質問はないかとカフェオレは問う。
すると、二色の髪を持つレコと呼ばれる3705囚人が片手を上げた。
ボーダー柄のワンピースとタイツを身につけ、青い靴が可愛らしい少女だ。分け目から右側の髪は青く、左側は橙色。側頭部の髪を一房ずつ取って、結っている。
「3705。発言を許可する」
「どうして、私たちが選ばれたんですか?」
その質問に、カフェオレは一呼吸置いてから答えた。
「9615や8102が、大人しく散水だけで終わると思うか?」
幼い少女たちは、出された番号の囚人を思い浮かべ、表情を崩さず同時に答えた。
「思いません」
「思いません」
「だろう?では、作業を開始しよう。6690、ホースでジョウロに水を入れてくれないか?」
「わかりました」
3705と同じく、側頭部の髪を一房ずつ結った銀髪の少女が返事をする。
リコと呼ばれている6690囚人だ。3705より一つ歳上で、歳は9を数える。大人びた印象の、監獄内では一部分で有名な拷問大好き娘だ。
彼女が着ている水色のワンピースが、風に撫でられてさらさらと揺れ動いている。
今日は風がある。水をかける向きに注意しろと、カフェオレは伝えながらホースを彼女に渡す。
6690は、散水用のノズルが取り付けられたホースを受け取り、3705が使うジョウロに水を入れていく。
半分ほど注水した所で水を止め、6690は3705にジョウロを渡した。
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