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□死期檻々
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「寒くないですか?」
マーガレットはカフェオレに問いつつ、彼女の肩に制服のジャケットを掛けた。
見たところ、彼女は寝間着の上にカーディガンだけという、風邪を舐めているとしか思えない薄着だった。
書類を整理していたテーブルに戻り、彼女を椅子に座らせ休ませる。
「平気……」
短く言葉を返される。
風邪をひいていても、口調はいつもと変わらない。
単語は短く簡潔で、淡々とした声音で紡がれる。
初めて会った人には、尊大で冷淡で、素っ気ないと思われがちだが、実際は人と長く話すのが苦手なだけだ。さっさと打ち切ってしまいたいという思いが、言葉を簡潔させてしまうのだろう。
時が経って、慣れてしまえば、たくさん話してくれる。時折、笑顔も見せてくれる。
その事に気づいたのは、付き合う前だっただろうか。後だっただろうか。
彼女の為に温めたコーヒー牛乳と、自分の為に煎れたコーヒーを持って、マーガレットはテーブルに戻った。
当たり前のように、彼女の左隣に座って、コーヒー牛乳を渡す。
「ありがとう」
また短く、言葉を返された。
「どういたしまして」
微笑んで、言葉を返す。
彼女を見れば、両の手でカップを包み、好物のコーヒー牛乳をすすっていた。
先程まで進めていた書類を手に取りつつ、言葉を続ける。
「今日はどうしたの?」
「ねむれなくなった」
「怖い夢でも見た?」
視界の隅で、彼女の肩が震えた。
図星か。
手を止めて、改めて彼女の顔を見やる。
彼女は宙を見つめて、固まっている。
「…………カフェさん?」
「……覚えてない」
肩に掛けていたジャケットの襟を引き寄せ、膝を抱えて身体を丸める。
肺にたまっていた息を大きく吐き出し、身体をマーガレットの右腕に寄りかけた。
彼女の頭が、マーガレットの肩に当たる。
自分と似た色をした銀の髪を、慣れた手つきで数度撫でた。
“覚えてない”
“覚えてない”のだから、悪い夢は見ていない。
そう紡げば、心も軽くなる。
言葉には魂が宿るのだから。
そんな風に教えたのは、数年前のマーガレットだった。
これもまた、付き合う前の話だ。
その時の事を思い出して、マーガレットは頬を緩ませる。
あれもまた、今日みたいに「ねむれないのだ」と言って、夜勤をしている自分に会いに来たのだ。
「ひとぉつ…………ふたぁーつ…………」
髪を撫でながら、彼女の代わりに幾つか時を数えていると、規則正しい寝息が聞こえてきた。
どうやら無事に、夢の中へと誘えたようである。
「よし…………」
見回りをしている女性看守が戻って来たら、彼女を寮へと連れていってもらおう。それまではこのままだ。
大きな幼子を抱えた気分で、マーガレットは仕事を再開した。
了