本棚

□死期檻々
19ページ/109ページ


「寒くないですか?」

 マーガレットはカフェオレに問いつつ、彼女の肩に制服のジャケットを掛けた。
 見たところ、彼女は寝間着の上にカーディガンだけという、風邪を舐めているとしか思えない薄着だった。
 書類を整理していたテーブルに戻り、彼女を椅子に座らせ休ませる。

「平気……」

 短く言葉を返される。
 風邪をひいていても、口調はいつもと変わらない。
 単語は短く簡潔で、淡々とした声音で紡がれる。
 初めて会った人には、尊大で冷淡で、素っ気ないと思われがちだが、実際は人と長く話すのが苦手なだけだ。さっさと打ち切ってしまいたいという思いが、言葉を簡潔させてしまうのだろう。
 時が経って、慣れてしまえば、たくさん話してくれる。時折、笑顔も見せてくれる。
 その事に気づいたのは、付き合う前だっただろうか。後だっただろうか。
 彼女の為に温めたコーヒー牛乳と、自分の為に煎れたコーヒーを持って、マーガレットはテーブルに戻った。
 当たり前のように、彼女の左隣に座って、コーヒー牛乳を渡す。

「ありがとう」

 また短く、言葉を返された。

「どういたしまして」

 微笑んで、言葉を返す。
 彼女を見れば、両の手でカップを包み、好物のコーヒー牛乳をすすっていた。
 先程まで進めていた書類を手に取りつつ、言葉を続ける。

「今日はどうしたの?」

「ねむれなくなった」

「怖い夢でも見た?」

 視界の隅で、彼女の肩が震えた。
 図星か。
 手を止めて、改めて彼女の顔を見やる。
 彼女は宙を見つめて、固まっている。

「…………カフェさん?」

「……覚えてない」

 肩に掛けていたジャケットの襟を引き寄せ、膝を抱えて身体を丸める。
 肺にたまっていた息を大きく吐き出し、身体をマーガレットの右腕に寄りかけた。
 彼女の頭が、マーガレットの肩に当たる。
 自分と似た色をした銀の髪を、慣れた手つきで数度撫でた。
 “覚えてない”
 “覚えてない”のだから、悪い夢は見ていない。
 そう紡げば、心も軽くなる。
 言葉には魂が宿るのだから。
 そんな風に教えたのは、数年前のマーガレットだった。
 これもまた、付き合う前の話だ。
 その時の事を思い出して、マーガレットは頬を緩ませる。
 あれもまた、今日みたいに「ねむれないのだ」と言って、夜勤をしている自分に会いに来たのだ。

「ひとぉつ…………ふたぁーつ…………」

 髪を撫でながら、彼女の代わりに幾つか時を数えていると、規則正しい寝息が聞こえてきた。
 どうやら無事に、夢の中へと誘えたようである。

「よし…………」

 見回りをしている女性看守が戻って来たら、彼女を寮へと連れていってもらおう。それまではこのままだ。
 大きな幼子を抱えた気分で、マーガレットは仕事を再開した。





次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ