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□死期檻々
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「遂に、今日か……」

 鏡で、自分の私服姿を確認しつつ、優しい顔立ちの男性看守……マーガレットは呟いた。
 本日は、後輩の女性看守と二人っきりではじめて食事に行く予定だ。
 彼女に色々あって(里帰り中に友人を亡くしたとか、一緒に住んでた友人が実はヤンデレでそいつにストーカーされてたとか)、約束取り付けるに一苦労したが、なんとかこの日を迎えられた。人生一番の踏ん張りどころである。
 いや、踏ん張りどころは他にも色々ある。たぶん。きっと。おそらく。
 と思いつつ、自分の銀色の髪が乱れてないか、指で触れてみる。

「……なんか緊張してきた」

 誘った側なのに情けない。
 彼女と親しい元薬剤師の女性囚人と、年配の男性囚人に知られたら“しっかりせい!”と灸を据えられそうだ。

「ええい!とにかく、行くしかない!」

 当たって砕けろ、あっ、砕けちゃだめだった。

 とにもかくにも、男は職場の寮を出て、待ち合わせ場所に指定した近所の公園に向かった。




 荒れた天気が続いていた最近にしては、今日の天気は怖いくらいに穏やかだった。
 雲もなく風も強くなく、青い空が広がっている。日差しが眩しいくらいだ。
 駆け足で待ち合わせの公園に入ると、入り口から離れた場所にあるベンチに件(くだん)の彼女が腰をかけていた。
 首に巻いたスカーフに口元を埋めて、熱心に文庫本を読んでいる。
 遠くからでも分かる、自分と似た色をした銀髪は毛先がぴょんぴょんと跳ね、時折流れる風に揺れていた。
 ゆっくりとした動作で彼女に歩み寄ると、気配に気づいた彼女が文庫本から視線を外す。
 紫と桃色が混じりあった目が、日差しで眩しそうに細められた。

「おはようございます、先輩」

「お、おはよう。ごめん、遅くなった」

「私は大丈夫です。さっき来たところだから」

 会話をしながら、彼女は本を手提げ鞄にしまう。
 そういえば、私服姿の彼女をまじまじと見るのははじめてだ。
 普段、白色の看守服を着ている彼女が、今日は白地に小花柄のロングスカートとカーキ色の長袖を着ている。
 女の子っぽい。
 口に出したら、回し蹴りを食らいそうなので、心の中で思っておく。

「では、先輩。行きましょうか」 

「あっ、うん。行こう」

 立ち上がりながら言う彼女に言葉を返す。
 彼女が一歩先を歩く形で、公園の出口に向かっていると、突然彼女が足を止め、こちらを振り返った。

「今日の事で一つだけお願いが……」

「うん?なに?」

「名前……」

 言いにくいお願いなのだろうか。
 彼女は顔を俯かせ、言葉も途切れる。
 言葉を探して、口を閉じたり開こうとしたりを繰り返す彼女を静かに見下ろしていると、ようやく見つけたのか、彼女が顔を上げた。

「今日はコードネームじゃなくて、本名で呼んでほしい……。私のコードネームは外だと目立つから」

 “カフェオレ”は、飲み物の名前だから。変に思われる。

 彼女の言わんとしている事を察して、納得する。
 職場の監獄にいるときは、コードネームで呼ぶのを厳守としているから違和感なく呼んでいたけれど……確かに外では目立つ。
 外で諜報活動をする時もあるし、今日は本名の方が良いかもしれない。

「わかりました。えっと…………ア、アリサ……さん?」

 刹那。
 彼女の顔が赤く染まった。




end

お借りしました。
マーガレット→がっささん
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