本棚
□死期檻々
10ページ/109ページ
「ひさしぶりだな……」
体温計に表示された37,5という並びを視界に入れ、カフェオレは深いため息を吐いた。
夜勤の仕事を終えてから頭が重たく、寒気もするので、久方ぶりに体温計に手を伸ばしてみれば、この結果である。
「ただの鼻風邪だと思っていたのになあ」
熱があると分かってしまった今、気だるさが増した気がする。関節も軋んできた。喉も不調。
本格的な風邪だ。
明日明後日と仕事が休みなので、その面では運が良かったと思おう。
体温計を片付けて、制服を脱ぎ、部屋着に手を伸ばす。
着替える時に見えた、壁掛けのカレンダー。
赤丸をつけた日が、五日後まで迫っている。
自分と似た髪色をした優しい表情の男が、脳裏に現れた。
「……せめて」
せめて、その日までには治したい。
休む支度を整えてから、カフェオレは布団の中に潜り込んだ。
◆ ◆ ◆
「え?カフェさんが、風邪?」
夕暮れ時の食堂にて、目を丸くする銀髪の優男に、カフェオレの容態を知らせた女性看守のレモンはけらけらと笑って見せた。
「あれ〜?本人から聞いてないんですか〜?」
返答に困った様子で、口を開閉させる男。
彼女の風邪に関しては鼻風邪だとは聞いていたが、その後熱まで出して寝込む事態になったとは初耳だった。
やっと見つけた言葉は「すみません」だった。
「夜勤が終わってから、部屋に籠もって寝通してるんだ。マーガが知らないのも無理ないって」
レモンの傍らで食事をしていたボムが口を挟んだ。
マーガには、彼女が助け舟を出す船頭に見えた。
さすがベテラン看守と、心の中で頭を下げる。
同時に、一人で風邪と戦っている彼女の姿が頭に浮かんだ。
「そっかあ……風邪かあ……。大丈夫かなあ」
「心配だからって、女子寮に侵入したらだめですよ、先輩」
「寝込みを襲うのもだめだぞ、青年」
「風邪を貰いに行くのもだめだぞ、カレシ」
次々と放たれる注意事項(からかい)に、マーガの体温が顔に集中する。
因みに、最後に言い放って来たのは、偶々背後を通り過ぎたラズだ。
「しっ、しませんよっ!」
慌てて言い返したが、女性陣は“はいはい”と適当に相槌を打つのみで、真剣にとらえた様子はない。
完全に遊ばれている。
これ以上遊ばれてはなるまいと、マーガは食事に集中した。
.