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□死期檻々
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 バレンタイン前日、ラズの機嫌は良い方であった。
 気心の知れた囚人たちにからかわれた昨日と打って変わり、同僚の男性看守を弄り倒し、休憩時に明日渡す菓子をちまちまと作って、本命に渡す菓子を包むのに少々胸をときめかせ、忙しかった一日が終わりを迎える。
 何事もなく、日付が変わる。
 そう思っていた。
 大浴場に、足を踏み入れるまでは。


『大浴場の時間です』


「(いよいよ、明日か……)」

 包んだ本命の菓子を思いながら、その向こうに見える顔を浮かべながら、蛇口から桶にお湯を出す。
 鏡に映る自身の顔が赤いのは、きっと浴場が暑いからだ。
 物思いに耽りそうになったラズは、弾かれるようにして我に返り、桶のお湯を被る。
 だからだろう。
 目を瞑った隙に忍んできた影に、気づく事ができなかった。

「相変わらず……小さいなあ、ラズ」

 とても聞き覚えのある……、否。この時間には会いたくない人物の声が頭上から聞こえる。
 同時に、柔らかいものが後頭部に押し付けられる。
 肩では、しっとりと濡れた皮膚が触れ合い、互いの体温を共有する。
 戻ってきた視界に入ったのは、後ろから伸ばされた両腕と、鏡に映る水にも負けないぴょんぴょんと跳ねた銀色の毛先。
 ツツジに似た色の瞳が、鏡越しにラズを見ている。

「か…………!」

 カフェオレ!

 固まっていた口から出た名前に、名を呼ばれた方は満足げに片方の唇をつり上げた。

「こんばんは、ラズ。……今日はとても楽しい一日だったそうだな」

 後ろから抱きつく形でいたカフェオレが、口を開く。
 身長は大して変わらないのに、自分とは真逆の大きさを持つ胸を、これ見よがしにラズの頭にくっつける。
 馴染みのない触感に、ラズの肌が粟立った。

「な……なんのことだか……」

「パレットが涙目だったぞ」

「……何で知ってるんだ?」

「今日の監視カメラの担当は私だ」

 だから、全部見ていた。
 ついでに声も聞いていたし、後でパレットからも話を聞いている。

 淡々と告げられていく言葉に、別の理由でラズは身を震わせた。
 寒いわけではない。
 言葉の端々に含ませられたものが怖い。
 何か、ぶっこんで来る。
 身長こそラズの方が高いが、カフェオレはラズよりも看守歴が長く、胸も大きく、多少の事では表情を変えず、戦車が好きで、ラズや他の者が弄ったりからかったりしても、読んでいたかのように後々反撃してくる。
 恋愛面だってそうだ。
 ズバズバとこちらから切り込むと、動じないどころか堂々としている。
 マーガレットとの関係も、あっさり“是”と返した。
 正直、苦手なタイプだ。
 そもそも、ラズはカフェオレとの出会い方が微妙だった。

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