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□カラスと白黒
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 バサリと羽音を立てて、一羽のカラスが枯れ木の枝に舞い降りた。
 首を巡らし、周囲を確認する素振りを見せたあと、閉じた羽根を広げ脇の下にくちばしを突っ込む。
 降りたあとは、風で乱れた羽根を直さないと落ち着かないのだ。
 しばらくの間、毛繕いに夢中になっていると、落ちた小枝を踏み締める音がカラスの耳に入る。
 脇の下からくちばしを出し正面に向けたカラスは、視界に入って来た少年に向かって一声鳴いた。

「やあ、元気そうだね。その姿にはもう慣れた?」

「“まあまあってところね。でも、退屈ではないわ”」

 カラスの返答に、彼はケラケラと軽快に笑う。

「それじゃあ、罰になってないじゃないか」

「“人間から鳥に変えられた時点で、相当な屈辱だったけど?”」

「そうかい。まっ、元気なら元気でいいや。そのまま、罰を受けながら自分の罪と向き合うといい。……次の裁判まで」

“また様子を見に来るよ”と言い残し、来た時と同じく枯れ枝を踏み締めて去っていく。
 歩く度に裾が揺れる、身を包むほど大きなローブに守られて。
 地平線の先まで足を進めたあと、空気に溶けるようにして消えた。

「“…………罰か”」

 バサリと羽音を立て、カラスは宙に身を投げる。
 空から地上を見下ろせば、そこに広がるのは茶色の地上ではなく、黒い地上だ。
 黒いのは地面だけではない。
 枯れ木も、大岩も、針山も、地面から噴き出す炎も黒く見える。
 鮮やかな色は視界にはない。
 視界にあるのは、白と黒の世界。
 カラスになった時、この冥府を統べる王に奪われた。

『色のない世界。それが、今のお前への罰だ』

 国の頂点に居たお前が、国を滅ぼした。それが、お前の罪。

 税金を貪り、堕落し、豪華絢爛な物とあざやかな色に囲まれて過ごした、人間だったあの頃のカラス(わたし)。
 事の重大さに気付いた時には、首と身体は離れていた。
 否。もっと後か。冥府の裁判で、自分の正当性を発言した記憶がある。
 気付いたのは、この身体(カラス)になってからか。
 今となっては、なぜ豪華な生活にこだわっていたのかと、昔の自分に苦笑してしまう。
 普通に暮らしていれば、色を奪われる事も、カラスになる事もなかっただろう。
 バサリと羽音を立てて、滑空する。
 白黒の世界にあるのは、無機質な岩肌とその隙間を縫うようにして生える針の木。
 この刑場で働く者たちは針山と呼んでいたと思う。
 針山と針山の谷間では、ぼろぼろの白装束を身に着けた亡者たちが罰を受けていた。
 冥府の鳥に肉を摘まれる者。
 岩で潰される者。
 焼き網の上で焼かれる者。
 地中から火が噴く刑場では、さらに酷い刑罰が待っているという。
 カラスはそこに行く資格がないので、働く者たちからの見聞だ。
 その働く者たちを雇い、管理しているのが、冥府の王。亡者に裁きを下す裁判官の一人。
 裁判官は10人いるそうだ。残念ながら、カラスは全員に会った事がない。
 まずはカラスとなって頭を冷やし、自分と見つめ合えと、結審は数年後にすると冥府の王は言っていた。
 この先の裁判で会うのだろうか。
 刑場から裁判所に向かう砂利道に沿って飛び続けていると、先ほど別れた人物がてくてくと歩いていた。
 片手に身の丈ほどもある鎌、もう片方に携帯電話を持って。

「(“歩き携帯……”)」

 物言いは古臭いが、仕草は今時の人間だ。
 こっそりと、距離をあけて後ろを飛んでみる。
 視線は携帯に注がれているのか、カラスに気付く様子はない。
 歩く度に揺れる、大きなローブ。
 カラスにはわからないが、話しを聞くにあのローブは赤いらしい。
 瞳は橙色だそうだ。
 服と対象的に、肩ほどまで伸ばされた髪は黒。冥府の王(ちちおや)と同じ色だ。

「(“名前はなんと言ったか……”)」

 カラスが名前を思い出そうとしていると、彼の前後からこの刑場で働く職員が駆け寄って来た。

「橙(だいだい)様ーッ!」

「紅葉(もみじ)様ーッ!」

 少年が足を止め、携帯から視線を外す。
 目を丸くして振り返る隙に、カラスはその場から離れた。

「(“ああ、思い出した”)」

 紅葉だ。
 通り名は、橙。







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