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□ピッチで恋した……?
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「開幕戦(これ)、開幕戦(これ)言うな、バカップル。あとうるさい。他のお客さんに失礼だろ」

 カップルの会話を遮るように、静かな声が三人の耳に届く。
 健太に遅れて階段を下りて来た、一人の男。
 その男の姿を見るなり、あかりはかおりの陰にさっと顔を隠した。
 それに気付きながらも、かおりは敢えて会話を続ける。

「悠人(ユウト)くんも来てたんだー。そういえば、お兄さん選手だもんね!」

「そーそ!そんで地元の星、尾野ちゃんと出るう聞いて、駆けつけたのよ!ハッハッ!敬え!敬え!崇め奉れ!」

 健太が自分の事のように、胸を張って言う。
 因みに尾野ちゃんとは、あかりたちと同じ小中学校に通った大先輩で、地元でちょくちょく目撃されてる選手だ。
 実家は悠人の実家の近所にあるらしく、悠人の兄は尾野ちゃんにサッカーを教えてもらったらしい。
 その悠人兄が、今日開幕戦のレギュラーに選ばれ、尾野ちゃんと共演するのだ。
 ガッハッハッと笑う健太の首根っこを掴み、うんざりした表情で自分たちの指定席へと座る。
 あの様子では、来る途中から健太の尾野ちゃん談義を聞かされていたなと、かおりは苦笑いした。

「で、何であんたは隠れたままなの?」

 振り返り、席に座りながら親友に問う。
 親友は限定メニューの焼おにぎりを口に含みながら「別に」とぶっきらぼうに返した。

「ずっと前から思ってだけど、あかりはわかりやすいわねー」

「な、何のこと?」

 どくんと、心臓が一際大きく跳ねる。
 それを知って知らずか、かおりは言葉を続けた。

「三学期から数えて、今ので10回目ね」

 悠人くんから、目を逸らしたの。

 かおりの話から逃げるように肩を縮め、彼女から少し体を離す。

「そ、そうだったか、なあーーーー?」

 とぼける彼女の隣で、かおりは記憶の底から三学期の記憶を掬いだし、指折り数えた。

「初詣でばったり会って一回、始業式の日教室で目があって二回、体育館で整列してた時に三回、席替えで四回、廊下ですれ違って五回、それからーー」

「ああもう、わかった!わかったから、さかのぼるの止めて!」

「じゃあ認める?『悠人くんが気になります』って」

「認める!認めるから!私の黒歴史を掘り出さないでーー!」

 そんな会話を交わしていると、客席から歓声と拍手が上がり、太鼓の音が鳴り響く。
 ピッチを見ると、キーパーとコーチが姿を現し、他の選手よりも先に練習を始めようとしていた。
 時間を見ると、あと十数分後には他の選手たちも練習を始めるだろう。二十分ほど練習したら試合開始だ。
 あかりはキーパーの練習を見る振りをしつつ、チラリと悠人たちの方を見やる。
 彼はマッチデイプログラムを片手に、健太と楽しげに話していた。
 健太と同じように、首にタオルマフラーをかけている。
 少し長く見すぎたか。
 悠人があかりの方に首を巡らせる。
 慌てて悠人から視線を逸らし、ピッチを見た。

「(今逸らしたの、バレちゃったかなー)」

「今のどころか、5回目辺りから分かっていた」と悠人が語るのはまだ先の話である。
 目を逸らした後、悠人が薄く笑みを浮かべていた事にあかりは気付かなかった。

(いつか、隣同士で観れたら……)




end


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