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□寂しがりやな伯爵
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 昔々、寂しがりやな伯爵がおりました。
 最愛の奥さんを亡くし、子供も親戚もおらず、伯爵は一人ぼっちで過ごしていました。
 桜が舞う春も。
 蝉達がうるさく鳴く夏も。
 山が赤く染まる秋も。
 雪で世界が白に染められた冬も。
 寂しがりやの伯爵は、一人ぼっちで季節の移り変わりを眺めていました。
 広い屋敷には、伯爵だけ。
 廊下に置かれた古時計の音が、伯爵には妻が居た頃よりも大きく聴こえました。
 寂しがりやの伯爵。
 一人ぼっちで町に出掛けると、とても綺麗に笑う少女を見掛けました。
 どこにでもいる普通の少女ですが、伯爵はとても惹かれました。
 あの少女が自分の屋敷に居れば、少しは屋敷も明るくなるだろう。
 少女が屋敷に住まう様子を想像して、伯爵は顔を綻ばせます。
 しばらく歩くと、今度は楽しげに笑う少女を見掛けました。
 あの少女が屋敷に住まえば、屋敷も少しは賑やかになるだろうか。
 そんな想像をすると、心がぽかぽかと暖かくなりました。

 ホシイ。

 彼女たちがホシイ。

 伯爵の心に、そんな思いが芽生えました。
 来る日も来る日も、伯爵は彼女たちの事を考えました。
 そんな伯爵の前に、悪戯心を抱いた悪魔が現れ、耳元で囁きました。

「そんなにホシイなら、連れてきてしまえば良いじゃないか」

 けたけたと、悪魔は笑います。
 伯爵は、しばらくぽかんとした後、うっとりとした表情で納得しました。
 連れてくる……。
 そうだ、連れてきてしまえば良いんだ。
 屋敷は広いし、お金も沢山ある。
 彼女たちが来ても不自由はない。
 むしろ、喜ぶはずだ。
 伯爵は、直ぐ行動に移しました。

「お嬢さん、こっちら。手の鳴る方へ」

 ストリートの物陰で、伯爵は楽しげに歌いながら手を叩きます。

「お嬢さん、こっちら。手の鳴る方へ」

 すると驚いた事に、伯爵が欲しかった少女達が、夢うつつの表情で伯爵の側に寄って来ました。
 一人。また一人と、少女達が伯爵に近付きます。
 歌を歌い、手を叩きながら、伯爵は少女達を引き連れて、家へと戻りました。

「お嬢さん、こっちら。手の鳴る方へ」

 来る日も来る日も、伯爵は気に入った少女達を屋敷に呼び寄せ、いつしか屋敷の中は少女でいっぱいになりました。
 伯爵は喜びました。
 こんなに賑やかな光景はいつ以来だろう。
 こんなに、明るい光景はいつ以来だろう。
 目が虚ろな少女達は、まるで人形のように、伯爵の言われるがまま、されるがままでした。
 食事や、パーティーの他、夜を共にする事もありました。

「美しい。なんて素敵な光景なんだ」

 自分のベッドの周りに立つ少女達を見ながら、伯爵は頬を染めて言います。
 夢うつつの少女達。
 まるで、つなぎ目のない人形のよう。
 大好きな少女達に囲まれながら、伯爵は今日も歌を歌い、手を叩きました。

「お嬢さん、こっちら。手の鳴る方へ。お嬢さん、こっちら」

 手の鳴る方へーー。

 寂しがりやの伯爵に、寂しい日々は来なくなりました。




end



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