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□死期檻々
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「(ルプスさんたち、何しに来てるんだろう……!)」

 居るのがわかった途端、心臓が変な風に鼓動して落ち着かない。
 背中からは、なぜかはわからないが冷たい汗が噴き出しつつあった。
 ぐいぐいとピスィカの背中を押しながら、イチコは一人思案する。
 ルプスは昨日夜勤で、今日明日と休みだったはずだ。
 夜勤明けは疲れがたまっているから、今日は部屋でゆっくり休むと先日会った時に言っていたのに。
 体調管理も社会人の仕事のうちの一つだと、風邪をひく度にイチコはカフェオレやルプスから聞いていた。
 耳にたこが出来るくらい、それはもうしつこく二人から言われていた。
 その片方が、なぜこの場にいるのだろう。
 出掛ける理由と場所も、帰る時間も誰と行くとかも、寮を出るときに連絡してあったのだが。
 この内容を送った時に、長期休みの学生みたいだなと思ったのは内緒だ。
 買い物をしに来た…………という雰囲気ではなかった。
 半人前とはいえ、イチコは広大な監獄で働く看守だ。
 看守になる前は、忍者道場で厳しい修行を受けていた忍の卵だった。
 自分の経験が、あれはただ買い物に来た男たちではないと告げる。
 あれは、尾行だ。
 マオの方は身体を隠し、ルプスの方は堂々と姿を現すというやる気の無さではあったが、あれは尾行で間違いない。
 なぜ、尾行をしているのだろう。
 おそらく、マオの方が切り出して、ルプスは仕方なくついて来ているのだろうが、尾行する理由がわからない。
 一緒に買い物に来たかったのだろうか。
 それなら事前にそうだと言えばいいのに。
 二人で行くのは初めてだと話してしまったから、遠慮してしまったのだろうか。

「うーん……どうしよう」

「どうしました?」

「あっ!大丈夫!なんでもないよ!一人言!」

 心の声が口から漏れてしまい、ピスィカの耳に届いてしまう。
 慌てて一人言だと誤魔化してから、自分たちの後方にいるであろう男二人について考えた。
 ルプスがいるなら、買い物は早めに終わらせて、さっさと帰ってあげた方がいいだろう。
 そうすれば、彼も寮に戻れてゆっくり出来るはずだ。
 とりあえず、今は本日最大の目的であるパーカーを買いに行くべきだな。
 心の中で拳を握り決意するイチコだが、その決意を揺るがす物が視界に入った。
 数年前からやり込んでいるゲームの新作発売に関するポスターだ。
 通い詰めているショップに貼られていた。
 大々的に発売と書かれ、品物が店頭に並んでいる。
 そういえば、今日発売日だった。

「(しまった……!)」

 コスプレを買う予算は無いが、ゲームを買うお金なら財布にある。
 が、ゲームを買ってしまったら、パーカーを買うお金も無くなってしまう。

「(やっばい、どうしよう!買いたい……!)」

 ちょっと早い自分への誕生日プレゼントだと言えば、あのお母さんみたいなお兄ちゃんみたいな師匠みたいな先生みたいな狼も許してくれるのでは。
 ピスィカがいる事も忘れて店舗の前で立ち止まり、うぐぐと唸るイチコである。
 名前を呼ぶピスィカの声も耳に入らない状態だ。
 パーカーは諦めて、こっちを買ってしまおうかと思考が傾きだした時、後方から鋭い視線を感じた。

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