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□死期檻々
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 励ますように、ピスィカの背中をぽふぽふと叩いていたイチコが、不意を突く形で兄弟のいる方へ顔を向けた。
 ばっちりと、ルプスの視線とイチコの視線が交わる。
 間。
 何事もなかったかのように、イチコはピスィカへ視線を戻し、ルプスには背中を向けた。
 彼女たちがゆっくりと歩き出す。
 遠ざかっていく桃色の犬の背中を、マオがわなわなと身を震えさせながら、弟の顔と交互に見た。

「イ、イチコちゃんこっち見てなかった…………っ!“何故!”」

「だから言ったでしょう。勘が良いって」

「お前が隠れてないからだろう!」

「関係ないです」

 少しだけ肩から力が抜け、肺にたまった空気が自然と口からこぼれた。




「せっかく見つけたのに、まさか予算オーバーだなんて……」

 ピスィカがぽつりと呟いて、しょんぼりと肩を落とす。
 今の今まで、洋裁店でイチコが着るハロウィンの衣装を探していたのだ。
 なかなか見つからず、あーでもない、こーでもないと唸りながら探した結果、ようやく見つけた衣装はイチコの予算を大幅に越えていた。
 悔しそうにするピスィカに対して、当事者であるイチコは心の奥底で安堵していた。
 レースやフリルが大量に配されたふわふわとした服は、試着でも大分勇気がいるものだった。
 着たことがないというわけではないが、さっぱりとした無地の服を好んで着るイチコは、着なれなくてとても恥ずかしい。
 服に着られているとはこういう事なのだと、身をもって体験した。
 が、せっかく時間を割いて探してくれたのに、結果が予算オーバーという形で終わってしまって、申し訳なさもあった。
 安いやつを一着、買った方がよかっただろうか。
 将来、義理の姉になるであろう女性の背中をぽふぽふと叩く。
 落ち込ませたままでは、せっかくの休日が台無しだ。
 二人だけでする初めての買い物なのだから、最初から最後まで楽しい気持ちでいたいではないか。
 ぽんと、イチコは利き手の拳で片方の手のひらを軽く叩き、明るく言葉が弾むような口調で提案を出した。

「気晴らしに、フードコートでクレープ食べようよ!カフェオレ姉ちゃんからクーポン貰ったからさ!」

「コスプレさせたかったです……!」

「ほらほらー、切り替え切り替え!」

 クレープ屋さんがあるフードコートは二階だ。中央付近にあったと記憶している。
 来た道を戻った場所にあるはずだ。
 フードコートがある方へ、イチコが顔を向ける。
 見知った顔が二つ、視界に入った。
 藍色の狼と、その兄だ。
 ばっちりと、藍色の狼の方と目が合う。
 間。
 イチコはくるりと向きを変え、狼たちに背中を向けた。

「や、やっぱりパーカー先に買いに行っていいかな!もーう少し、お腹空かせたいし!」

「え?でも、クレープは…………」

「いいやつあるといいなあ!」

 訝しげるピスィカの背中を押して、イチコは行きつけの衣料品店へと向かわせた。

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