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□死期檻々
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「“おや!”初めて見る顔!もしかして、新入りちゃん?」
訓練棟内にある道場に、男の声が響く。
組手の稽古をしていたイチコは手を止め、声のした方に視線を向けた。
二階にある見学席に、男が二人居る。
背中に一対の剣を背負った赤毛の男が、柵を乗り越え道場に降り立つ。
続いて、赤毛の男よりも長身の男が降り立った。
桃色の桜が葉桜に変わろうとしている季節。
訓練中に現れた大男二人を前にして、今年度から看守に就任したばかりのイチコは、二人を見上げ、怯んだ。
裕に身長170を超えているかと言う褐色肌の赤毛の男と、その男よりも更に高い色白の男。
色白の男は190はいっているか。155センチのイチコは、彼の顔を見上げるだけで首が痛くなりそうだ。
否。もうすでに痛い。あと、視線も痛い。
初めて見る顔が物珍しいのか、二人の視線はイチコに向けられている。
高身長の男二人に、揃って見下ろされる機会などなかったので、イチコは圧倒され無意識のうちに足を一歩ひく。
“巨人……”っと、口に出して言わなかった事を褒めてもらいたい。
助けを求めるように、隣に立つ訓練相手の女性看守……カフェオレを見る。
毛先の跳ねた銀髪を肩まで伸ばした彼女は、いつもの感情の読めない冷めた視線を男たちに向けていた。
イチコの視線に気づいたのか、彼女がイチコに視線を移し、口を開いた。
「イチコは二人に会うの初めてだったな。マオと……」
褐色肌の男性が、にこやかに笑って手を振る。
「ルプスだ」
色白の男が眉間にしわを寄せ、イチコから視線をそらす。
前者は好意的だが、後者はそうでもないらしい。
血は繋がってないが、ひとつ違いの兄弟なのだと、カフェオレは続けた。
マオの方が兄なのだそうだ。
「身長逆転兄弟……」
ぼそりと、聞こえないように呟いたつもりだった。
が、弟の方がイチコに鋭い視線を浴びせる。
今にも射殺しかねない瞳だ。
イチコは息をのみ、カフェオレの影に隠れた。
といっても、イチコの方が多少背が高いので、頭が出てしまっている。
盾にされたカフェオレが息を一つ吐き出し、呆れた口調で言葉を発した。
「…………イチコ。先輩の前だぞ」
「あの人が睨んで来たんだよ…………!」
ちらちらと、ルプスの方に視線を流しつつ、言葉を返す。
今度ははっきりとした声音だった。
ルプスの眉間のしわがますます深くなる。
弟の見せる様子に、マオが両手を合わせ、頭を下げた。
「“ごめんね、新入りちゃん!”ルプスはちょっと……いや……かなりかな?無愛想なんだ。許してあげて」
「…………わかった」
「“ありがとう!” それで、君の名前は?」
マオに問われ、イチコは自分が名を名乗っていない事に気づいた。
「あ……ああ。私はイチコ。イチコです。ア……じゃなかった、カフェオレ姉ちゃんと同じ忍者道場からやって来ました」
「イチコはうちの門下生の中でも五本の指に入る格闘要員だ。二人とも気が合うだろう。たまに相手してやって」
「“了解!”じゃあ、早速だけど今からどう?ちょうどルプスとやりに来たんだけど、二人でやるのも飽きてたところなんだ!」
マオからの申し出に、イチコは目を丸くした。
「わ、私とですか……!」
「イチコちゃんの実力も見てみたいしね!ルプスはどうする?」
マオの視線がルプスに向けられる。
一つ間をおいてから、寡黙な狼は静かに口を開いた。
「“遠慮しとく”………………餓鬼の子守りは御免だ」
それだけ伝えてルプスは踵を返し、一人道場から出ていってしまう。
「が、餓鬼……?」
残された言葉が、イチコの頭の中で繰り返し響いていた。
2話目