蝶の王子様

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 一つ確実にわかっている事は、見つかったら怒られる。冥府で一番偉い人に。
 冥府に戻った時の事を想像して、スイランは身震いした。
 一方で、マスラの孫は腕を組んだまま、難しい表情で何事かを考えている。

「(冥府……)」

 クウラを育ててくれた人たちが本来住まう国。
 この世界に戻って来てから、死んだ先の世界の事を聞く機会がなかった。
 祖父らの話を聞く限り、育ての親が統治する冥府と大きな相違はない。
 相違があるとすれば、冥府で一番偉い人だ。
 クウラが知っている人は怖い人ではなく、女好きなおじいさん。怖いのは、その孫だ。
 その孫がこの場にいて、自分と同じ立場だったら、禁じられた話をどうやって聞き出すだろう。
 諦めるか、無理やり吐き出させるか。別の方法を考えるか。その方法とは何だ。

「(無理やりっぽいなあ)」

 剣片手に、胸倉掴んで脅迫している姿が目に浮かび、苦い笑いがこみ上げた。
 まったくもって、参考にならない義兄である。
 脅迫以外で何かないかと考えていると、マスラが声をかけてきた。

「教える事は出来ないが、見る事は出来る」

 言葉に反応するように、森の中を風が吹き抜ける。

「平静を装っているが、お前も見えた事があるんだろう?」

 祖父の問いに、クウラは息を詰めた。
 頭の中をよぎったのは、シャラキが新聞を持ち帰った日のこと。
 ヨシアキの写真に触れた瞬間見えた、打倒王政の演説をするヨシアキの映像。
 あれは幻覚か、一瞬だけの夢か。
 その時は分からなかったけれど、風読みの存在を知った今なら分かる。
 あれは幻覚でも夢でもない。記憶だ。
 風が見て来た、世界の記憶。
 はっきりと覚えているのは、それだけだ。
 でも、覚えてないだけで、他にも見ていたのかもしれない。
 夢だと思っていたものは、記憶だったのかもしれない。
 夢だと思っていたものは、現実に起こっていた事かもしれない。
 表情を凍り付かせる孫の様子を見て、マスラは図星と判断した。

「風読みは上手く扱えるようになれば、己の力となる。が、のめり込めばのめり込むほど、見えるものは深く多岐に渡り、いずれ他人を信用出来なくなる。アスラのようにな」

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