参画物部屋
□大宮詰め合わせ2
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03.アイディアリストに絶望を(径→龍,径←龍)
榎本径。イマイチ胡散臭くて、絶対にあれは泥棒なのに未だのうのうと暮らしている。
記憶が確かなら、彼を初めて見たのは病院で、初めて人物像を知ったのは口煩い刑事から。
初めて会話をしたのは新しく施設を建設した時で、勝手に見知った人だったから少なからず驚いた。
「この程度で結構でしょう。」
渡された名刺には『F&Fセキュリティショップ』とロゴが入っているのだが、前情報のせいかどうにも怪しい。
しかし、こういった奴の方が確実に仕事をこなしてくれるということは知っていた。
ここには泥棒が手に入れたってどうこう出来るようなものはない。
或いは彼がごくごく普通のエンジニアであったならば、まず呼ばれまい。
秘密を知られたところで害のない相手。といったところか。まあ、煙草だけは勘弁してほしかったが。
「そういうことにしておこう。」
「確かにどれだけ手を尽くしてもきりはありません。突破する方法として、このシステムを抜けられるものが開発されたなら、何度でも更新させに来ます。」
「部外者に立ち入られると邪魔になる。」
「邪魔はしませんよ。私も仕事です。」
「仕事だろうと極力控えてもらいたい。大量の機密データを扱っているんだ。」
ふっ、と榎本が笑った。
「データなんかに興味はありません。材料よりも物品、設計図より完成品。材料も設計図もそれだけでは役に立たない。」
「データがなければどちらも出来あがることはない。」
まるで鶏と卵だな。
これが初めての会話であり、それ以上はなかった。
次に見掛けたのはまたも病院。
DNAを登録するように呼び掛ける職員と説明を受ける女性の間を、見事に無視して通り過ぎていった。
確かに通路の真ん中での立ち話にはなっていたが、少し頭にきた。まるで、自分を否定された気分だ。
「榎本さん。」
ゆっくりと、榎本が振り向く。驚くでもなく、無表情だ。
「登録されないのですか?この制度は防犯を目的としているものですよ。」
「犯罪者にならないように監視し合うのは確かに素晴らしい予防です。ただし、それは普段罪とは縁のない世界に居る人々に限るのではありませんか。」
何と言おうと屁理屈をこねるタイプか。
それならここで榎本相手に長々無駄な時間を使う事もあるまい。
「…でしたら、1つお願いをしても構いませんか。」
「内容によります。」
「貴方の店は防犯ショップだったと記憶している。そこにDNA登録を奨めるパンフレットを置かせていただいても?」
「構いませんよ。」
素早い返答に、少し驚いた。
防犯ショップに置いてあれば、登録する人間が増えるだろうと踏んで頼んでみればあっさりと了承した。
しかし考えてみれば、自分で登録しろと言うのでも、他人に登録を勧めろと言うのでもない。
たかだかパンフレットを置くだけ。
「ただし、貴方が持ってきて下さい。」
「…私が?何故?」
「ふふ、貴方はとても聡明な人間。そんな貴方とコーヒーを飲んでみたいと思った。それだけですよ。」
嘘臭いが、嘘も悪意はなさそうだ。
誰とでも対等にいるように見せかけて、他人を見下している。そういう種類の人間かもしれない。
それに、DNAを採取することが出来れば、こいつを登録することもできる。
「分かりました。ただ、生憎昼間は仕事で出ている。」
「構いませんよ、何時でも。連絡さえ下されば。」
そう言って榎本が名刺を渡してきた。
「名刺なら先日…。」
「そこで、お待ちしています。」
見ると、セキュリティショップではなく喫茶店のもの。そういえばコーヒーと言っていた。