参画物部屋

□貴方は泣いている
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ベッドで寝たくない理由は、過去に起因しているのかもしれない。
落ち着かないからとソファに横になって眠る芹沢に毛布をかける。
悪夢が、僕を襲う。同じように、悪夢は彼を襲う。
闇を持つ全ての人間を蝕み、陥れようと息をひそめている。
…恐ろしい。
もしも今、僕がうっかり手を滑らせたりしたら、悪夢に食われたまま彼は逝ける。
目を覚まさなくてもいい世界だ。見たくなければ目を開かなくてもいい世界に送ってやることができる。










「…うっ…」

シャワーを浴びて戻ると、夢見でも悪いのか魘されている声が聞こえた。
苦しそうな息遣いと混ざってまるで窒息寸前のようだと思った。
芹沢が眠るソファの向かいに腰掛けて、ブランデーに口をつける。
外の明かりに照らされる苦悶の表情がなんとも言えない気分にさせる。
妙に高揚して…一種の興奮状態に陥りそうだ。

「っ…なか。まな…」

もう自分のものではない名前。
母と秀雄の為に捨てた。
自然と、眉間に力が入る。

「ま…か…」

「その名を呼ぶな。」

芹沢の手が、宙に伸びる。
夢の中でまで追っているのか。一体どういうつもりでこれ以上引っ掻き回そうとするんだ。
関わったところで破滅へしか進まないのがまだ分からないのか。


―バシャッ


水飛沫が跳ね返り、急速に現実へ戻って来るような感覚。まるで夢の中に居たようだ。
今、何をした?
座っていた筈が立ち上がり、飲んでいたグラスは空になっている。
床に当たった拍子に割れた氷の欠片がいくつか散らばっている。
変わっていないのは、目線の先に居るのが芹沢だと言う事だけ。

「…っ!?」

何が起こったのか分からずに、芹沢が辺りを見回す。
状況を理解すれば、この部屋には2人しか居ないのだから犯人は自ずと割れる。
しかも、グラスは持ったまま。

「な…るせ、さん?」

「冷たい?」

「……?」

「冷たいですか?」

「…はい。冷たいです…。」

恐らく芹沢は何があったのかを必死で理解しようとしているのだろう。
けれど、自分でもよく分かっていない無意識の行動だ。
まさか天使と称される相手に、何かをされるなんて思ってもみなかったに違いない。
怒りもせず、考えもせず、純粋に不思議そうな顔をしていた。
こういう時はどうすれば良いのだったか。

「…すみません。すぐに拭く物を持ってきます。…いえ、シャワー使って下さい。」

そう促し、芹沢の前に立てば、何かに怯える顔をした。
ゾクゾクするという程ではないが、悪くはない。
何を考えているかは知らない。何を感じているのかならば、分かる。
もし少しでも距離が離れたら、捨てられるのではないかと不安になっているんだろう。
心配せずとも、捨てる前に所有してすらいないよ。
お前など、僕の心のどこにもいやしない。
シャワールームへ一歩。すると思惑通り、芹沢に腕を掴まれた。
想像と寸分違わぬ展開に、口許に笑みが浮かぶ。

「行かないで。」

「……芹沢さん…。」
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