気象2
□ニコラス
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「未来視のディアレクティーク」/「溢れるニヒリズム」/「罵倒塗れのヒム」 番外
信じる者は半分程度救われる
熊田正義は、あんなやさぐれてはいるが一般常識はしっかり頭に入っている。
と、過信しすぎていたのかもしれない。
芹沢から聞かされた時は驚いた。
曰く、「家を飛び出す、なんて悪い事をしたからサンタは来なくなったんだ。」そう、正義が言ったらしい。
その時の正義の真剣な顔は想像出来るが、逆に芹沢の思考がショートしたであろう顔も拝んでみたかったものだ。
そして一昨年サンタクロースが来なかったのは悪事に加担してしまったからで、去年来なかったのは法律に違反して同棲婚(といっても事実婚だが)をしてしまったからだと結論付けていたそうだ。
そんな彼はいつの間にかモミの木を購入してリビングに設置してしまった。
「正義、まだ飾るのか。」
「え?だって目立たせないと。」
「……。」
よくある球状のものからトナカイや雪だるまを模ったオーナメント。もちろんトップには星。
それからどんなものが欲しいのかは定かではないが何でも入りそうな大きな靴下に、欲しいものを書いた短冊。
それは七夕飾りであって7月だと指摘しようか考えて、やめた。
七面鳥を、予約しておかねばならない。ケーキやシャンパンはどうしようか。
ベタなことが好き、いや、当然そうすると思っているんだろう。ある意味真面目な彼らしい。
「あー、楽しみ。」
「それは良かった。」
サンタクロースの正体について、彼が知ることは一生ないのだろう。
未来を観る彼がサンタクロースを信じたままという事は、誰もその正体を教えることが無いということだ。
だから現に今も迎える準備をしているのだ。
ということは、今年から毎年、クリスマスイブの深夜かクリスマスの早朝、プレゼントを用意して上手くサンタクロースに化けなければならないのか。
何年も、何十年も。
子どもが出来ればサンタクロースになるのはこちらだから正体を知る事になるのだろうが、それはない。
「来るかなぁ…」
「来てないのはいつから?」
「……。」
「何?」
「何か、妊娠してるみたいな聞き方だと思って。」
「確かに。それで、何がほしいんだ…」
そういえば今、産科で面倒な課題が出たとか何とか言っていたな。
なんて頭の片隅で思い出しながら短冊を捲り、心臓が止まるかと思った。
「領?どうかした?」
「本気でほしいの?」
「いらないの?」
ほしいかいらないかと聞かれたら、要らない。
断固拒否という訳ではないが、要らない。
短冊に書かれた『領と俺の子ども下さい』の文字。
ツリーに吊り下げられた靴下は大きいが、流石に赤ん坊を入れるわけにもいかない。
「サンタクロースはコウノトリじゃない。」
「は?何言ってんだよ。急にどうしたんだよ。」
さも、当然だとでも言わんばかりの顔で正義がこちらを見る。
「赤ん坊がどこから来るか理解、している?」
「知ってるよ。だから俺達はサンタに頼むんだろ。」
年に一度、彼は何を貰っていたのだろう。
年も暮れて、折角今年の苦労が片付くと思っていたのに、振り出しよりずっと前に戻ってしまったような気分だった。