企画物部屋

□エル・キャピタンの頂
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エル・キャピタンの頂





成瀬だって、幸せを感じてもいい筈なんだ。
…良かった、筈なんだ。
あいつの周りは、とても狭かった。それは当の本人が狭い世界で生きているからに他ならない。
他の理由などない。
ただ、彼が狭い世界しか見ていなかった。狭い視界、まるで高い壁に挟まれた一方通行。
その先へは抜けることなどできなくて、破滅が用意されている。

世界はこんなにも広い。
顔を上げるだけでいい。なんて、あの司書みたいなこと思ったりして。
あの時は綺麗事だね、なんて言って抱き合った。本当は、顔を上げる勇気が無かっただけ。
だって、今まで見たことのないものを見る。ちょっと勇気が要るよ。
実際に顔を上げてみると、思ったより世界は怖くなかった。
成瀬も俺も何かにしがみついていたけれど、あいつのものの見方はいつだって真っ直ぐに、怖じることなく真実だけを見極めようとしていた。それが、ただ狭かっただけ。
対して俺は狭くも広くもない視界を、少し顔を俯かせていたな。

ほら、見上げれば広いよ。どこまでも、どこまでも続いているんだよ。
美しい世界に、癒されろなんて思っちゃいない。壮大な景観に、自分の弱さを受け止めろなんて思っちゃいない。
単に美しいと感じ、単に壮大だと感じ、単に…幸せを感じても良かった。
復讐の手を止めず、暖かくて優しい自分に蓋をした彼。
そんなの理由にならないじゃないか。
割に合わない?幸せになってはいけない?そんなのどうでもいいじゃないか。
憎悪と幸せを併せ持ったって構わない。本来人間はそういう風に出来ている。生まれた時から快か不快かを知っている。
だからさ、成瀬だって、幸せを感じても良かった筈だったんだ。










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帰りの飛行機の中で。
 

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